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伊作がゆっくりと口を開いた。
「留三郎。私は、学園を出てから沢山修行を積んで役に立てるまでになった。…でも、こんなの嬉しくない。本当は留三郎と一緒に戦の無い平和な山奥でひっそりと暮らしたかったんだ。……何で、敵同士になっちゃったんだろうね。」
咽に苦無を突き付けたまま苦笑いしながら言った。
「……私は留三郎に再開できて幸せだよ。もう一度…一度だけでいいからこの腕で…留三郎を抱き締めてあげたい。それに、留三郎が今流してる涙を拭ってあげたい。」
伊作は昔の様にやんわりと微笑みながら言った。俺は、伊作の言葉を聞いて無意識に涙を流していた。
「ごめんね留三郎。一秒たりとも君を忘れた事はないよ。……私は、もう忍を止める。けど、留三郎はちゃんと生きて忍を続けてね?」
「何言って…!」
涙のせいで滲んで見える伊作は最後に口を開いて声にせず言った。
『 』
昔と変わらぬ笑みを浮かべたまま自らの咽へと苦無を突き刺して引き抜いた。伊作の手からカシャンと大きな音を立てて苦無は落ちた。伊作は膝から崩れ落ち、ドサッとその場に倒れる。俺は急いで駆け寄る。そして、伊作の上半身を起こして頬に手を添えた。いつも暖かく血色の良かった頬はもう冷たく冷えてしまい、青白くなっている。ポタポタと雫が落ちてきた。ザーザーと雨が降る。俺の頬には涙か雨粒かわからないものが沢山流れていた。
「いさ、く…いさく…伊作っ…う、あぁぁぁぁぁぁぁあ!」
冷たい伊作の身体を抱き締めて俺は泣いた。声を上げて…誰も居ない広い荒れた戦場で、1人で泣いた。
俺の声は広い荒れた戦場に降る雨によって掻き消された。
『留三郎、愛してるよ。』
俺の脳裏には、昔の伊作と俺の姿があった――――…
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