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紅い髪の青年
「ね、だからお買い得なんですよ、奥様。この先の美しき水の都への移住権、及び高級地の権利書がセットになって二万五千ペント! どうでしょう? お時間が有るのでしたら着き次第現地にご案内いたしますが」
そうクリスがにこりと微笑んでみせると、恰幅の良い、上品だが似合っていないドレスを着込んだ夫人は「そうね、考えておくわ」と言ってその厚化粧の顔をほころばせた。
ではお気が向きましたらこちらにご連絡下さいとスーツの懐から名刺を出して手渡す。やんわりと断られた形だが、ここで押しすぎてはいけない。
接客業は笑顔と真摯な態度! 押し過ぎは悪印象。そうクリスは常日頃思っている。
名刺ケースを内ポケットにしまい、夫人に一礼して下がる。
自分の背格好は、平均より高めの身長と銀の髪、青い瞳。
一目で良い家の出「らしくみえる。」外見なものだから、あの格式だとかを重んじそうな夫人も、大手会社の営業だと思ってくるだろう。いや、思ってくれるとありがたい。
揺れる車内によろけ、思わず苦笑してサイドの座席を掴み安定を図る。
広大な砂漠を砂埃を巻き上げながら走る、三両編成の小さなサンドトレイン。
それが今クリスが居る場所だ。車内はレトロ感漂い、清潔にされている様でも、どうしても外から入り込む砂埃で乾いている。
喉をイガイガと刺激する砂塵に「もっと快適な旅をしたい。」と思えど、水の都アクリオまでの交通手段は今のところ、このサンドトレインのみだから仕方がない。
背後から先ほどの夫人が「それにしても居心地の悪い列車だこと! 」と従者に悪態をついているのが聞こえ、クリスは苦笑する。
最後尾の小さな談話室から出て、前車両の一番後部にある自分の座席に戻る。
窓側に備え付けられた小さなテーブルに置いておいた文庫本を手に取り、続きに目を通すが、さして集中力が続かず数行読んだだけでまた元の場所に戻す。
視線をまた外へと向ければ、案の定景色は殆ど変わることが無く、昼過ぎの、どこか霞んだ色の空の下、黄色い砂漠が続き、ぽつぽつと痩せた黒い木がまばらに生えているのが見えた。
外はかなりの暑さなのだろうが、列車の動力源ともなっている輝封石の力を利用しているのか、車内は丁度いい温度に保たれていて、石が封じ込めてある力を放散する際に生じる、フオオォォンと空気を振るわせる柔らかな音が耳に心地いい。
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