目の合わない人形

5/5
前へ
/41ページ
次へ
「ホラ、いい加減にしろ。」 ナナシが僕の手から人形を奪うと、元の場所に置いた。僕は汗だくになっていた。 「悪いなヤナギ、こいつ夢中になると我を忘れるから。でも面白いな、親父さんのコレクション」 ナナシがヤナギに詫びを入れ、ほかに話を振る。ヤナギも特に何か疑う様子もなく、話をしている。それでも僕は、やっぱり人形を見ていた。 人形は、やっぱりナナシを睨みつけていた。 しばらくお喋りをして、僕とナナシはヤナギの家を後にした。 帰り道、僕はナナシに思い切って言った。 「ナナシ、あの人形…」 「ずっと俺のほう見てただろ?」 やっぱりナナシはわかっていた。ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべながら、僕を見る。 「なかなかお前も、だいぶカンがよくなったじゃねぇか」 俺の教育の賜物だ、などとふざけたことを抜かすナナシに腹を立てつつ、半ば呆れて僕は言った。 「お前、よく怖くないよな。」 するとナナシは、ハッ、と鼻で笑うと、 「俺はお前の後ろに突っ立てた、手足がやたら折れ曲がった女のが怖かったぜ?」 ベキベキベキって、聞こえてきそうでさ。 と、言った。 僕は急速に体が冷えてくのを感じた。 「ん?知らなかった?」 ナナシはケラケラ笑って、 「『知らぬが仏』って、ホント名言だよな。」 と言った。 どこかで聞いたセリフだと頭の隅で感じながら、僕は走ってその場を去った。 それから僕がヤナギの家に行くことは、二度となかった。
/41ページ

最初のコメントを投稿しよう!

401人が本棚に入れています
本棚に追加