最後の夜

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耳が痛かった。呪われている気分だった。それでも必死に自転車を走らせた。アキヤマさんは僕にしっかりしがみついていた。 でも、その手も震えていた。 声はいつの間にか消えて、その頃には僕はナナシの家に着いて居た。自転車を降り、インターホンを鳴らした、そのとき。 「ギャアァアァアアアアアァ!!!!!!!!!」 凄まじい声が、家の中から聞こえてきた。断末魔、ってああいう声を言うんだろうか。腹の底から絞り出したような声。 僕とアキヤマさんはナナシが出て来るのを待てず、ドアを開けようとした。すると、 「…どうしたの」 ちょうどドアが開き、ナナシが出て来た。虚ろな目で僕とアキヤマさんを捕らえていた。片手には包丁が握られて居る。 「晩メシ作ってたんだよ。」 ナナシは包丁をヒラヒラとさせると、 「用事ないなら、帰れよ。」 と言った。突き放すような言葉だった。直感的に、いつものナナシじゃない、と思った。さっきの悲鳴はなに?あの追いかけてきたものは?大体夜中の三時に晩メシ作るわけないし。 聞きたいことはたくさんあるが、なにも言えなかった。不安になってアキヤマさんを見た。 アキヤマさんは震えてうつむいていた。 そして静かに、 「帰ろう。」 と呟いた。僕はわけがわからないままアキヤマさんに手をひかれ、自転車を引きながら帰った。 アキヤマさんはずっと黙っていたし、僕も黙っていた。そして曲がり角で、アキヤマさんがポツリと言った。 「もう、だめだ。どうしようもない。」 「もう、手遅れだ。」 泣きそうな声だった。それだけ言うと、聞き返す間も無くアキヤマさんは走って行ってしまった。 その言葉の意味を理解することになったのは、その次の日のことだった。 そしてそれが、最後の夜になった。
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