401人が本棚に入れています
本棚に追加
耳が痛かった。呪われている気分だった。それでも必死に自転車を走らせた。アキヤマさんは僕にしっかりしがみついていた。
でも、その手も震えていた。
声はいつの間にか消えて、その頃には僕はナナシの家に着いて居た。自転車を降り、インターホンを鳴らした、そのとき。
「ギャアァアァアアアアアァ!!!!!!!!!」
凄まじい声が、家の中から聞こえてきた。断末魔、ってああいう声を言うんだろうか。腹の底から絞り出したような声。
僕とアキヤマさんはナナシが出て来るのを待てず、ドアを開けようとした。すると、
「…どうしたの」
ちょうどドアが開き、ナナシが出て来た。虚ろな目で僕とアキヤマさんを捕らえていた。片手には包丁が握られて居る。
「晩メシ作ってたんだよ。」
ナナシは包丁をヒラヒラとさせると、
「用事ないなら、帰れよ。」
と言った。突き放すような言葉だった。直感的に、いつものナナシじゃない、と思った。さっきの悲鳴はなに?あの追いかけてきたものは?大体夜中の三時に晩メシ作るわけないし。
聞きたいことはたくさんあるが、なにも言えなかった。不安になってアキヤマさんを見た。
アキヤマさんは震えてうつむいていた。
そして静かに、
「帰ろう。」
と呟いた。僕はわけがわからないままアキヤマさんに手をひかれ、自転車を引きながら帰った。
アキヤマさんはずっと黙っていたし、僕も黙っていた。そして曲がり角で、アキヤマさんがポツリと言った。
「もう、だめだ。どうしようもない。」
「もう、手遅れだ。」
泣きそうな声だった。それだけ言うと、聞き返す間も無くアキヤマさんは走って行ってしまった。
その言葉の意味を理解することになったのは、その次の日のことだった。
そしてそれが、最後の夜になった。
最初のコメントを投稿しよう!