ナナシ

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僕はナナシが発狂したのかと思ったけど、そうじゃなかった。 「見ろよ!!これが人間の業なんだよ!!ラクになりたくて死のうとしたって、死ぬことにまだ苦しむんだ!!この女、2日も前に腹をかっさばいたんだぞ!!2日だぞ!!2日も死ねなくて、痛い痛いって死んだんだ!!痛い苦しい助けてって、声も出ないのに叫びながら死んだんだよ!!!!死にたくなって腹を切ったのに、死にたくないなんて我が儘もいいとこだ!!」 ナナシが早口でまくし立てる。僕は、死体よりも、血よりも、何よりも、ナナシが凄くこわかった。 「死にたくないなら死ぬんじゃねぇよ!!!!死にたくなくても死ぬんだから!!!! 馬鹿馬鹿しいにも程がある!!! 神様なんていやしない!!!助けてくれるやつなんか、世界が終わっても来やしないんだよ!!!!」 ナナシは叫び続けた。僕はナナシに必死にすがりついて、わけのわからないことを口走りながら、泣いた。 しばらくして、我にかえると、ナナシが僕の頭を撫でていた。 「警察、呼ばないとな。」 ナナシは、そう言った。さっきまでの凄まじい形相のナナシはいなかった。 でも、僕の友達だった、ヘラヘラ笑うお調子者のナナシも、もうどこにもいなかった。 僕らは警察を呼び、簡単に事情を聞かれて、家に帰された。僕らは一言も口を聞かぬまま、別れた。 その日、僕はいろんなことを考えた。 何故、ナナシはあのアパートに行こうと言い出したのか。 何故、ナナシはあの女のひとが2日前に自殺を図ったことを知ってたのか。 何故、ナナシはあの部屋の鍵の場所を知ってたのか。 ナナシがつぶやいた、「終わったな」って、なんだったのか。
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