ナナシ

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オカルト的な考えになるが、きっとナナシは、死人の声みたいなものが聞こえるんだろう。 死ぬ間際の、断末魔なんかが聞こえるタチなんだろう。 ナナシが「終わったな」って呟いたとき、あの女のひとは死んだんだろう。鍵の場所も、あの女のひとの生き霊みたいなものが、助けてほしくて、教えてくれたんだろう。 でも、僕らは間に合わなかったのだ。 僕はそう考え、凄く悲しくなった。僕らが間に合わなかったせいで、あのひとは死んだんだ。まだ、助かったかもしれないんだ。 僕らが早く行っていれば-- そこまで考えて、僕はひとつの疑問が浮かんだ。 もし、もしさっきの仮説が正しくて、ナナシに不思議な力があるなら。 何故、ナナシはすぐにアパートに向かわなかった? 何故、ナナシはすぐに警察なり救急車なりを、昨日の時点で呼ばなかった? 否、否否否。ナナシが早口でまくし立てていただけで、本当に自殺かどうか、実際はわからない。 まして、あの部屋には、血溜まりと死体はあっても、凶器なんかは見当たらなかった。 否、否否否。それ以前に、それ、以前に。 僕らが部屋に入ったあの時点で、本当に、あのひとは死んでいたのか? もし、まだ死んでなかったなら。そして、自殺じゃなかったなら、そこまで考えて、背筋が凍った。 それからしばらく、僕はナナシとマトモに喋ることができなかった。 その後、ナナシと僕はある事件をきっかけに永遠の断絶を迎えるが、それはまた別の話。
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