出会いは突然に…

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5月の週末に降りしきる雨。一人の男が傘もささずに歩いている。傘がないというよりはむしろ雨を受け止めているようにも見えた。この時期には珍しいくらい止まないような雨だった。男の帰り道にはショットバーがあり彼は何気なく立ち寄る気になった。家まではまだ歩くようだったが雨の強さに億劫な気持ちになったようだ。 バーのドアを開けると薄暗い店内に一人のバーテンがいるだけに見えた。 「いらっしゃいませ」とありきたりな挨拶の後に驚きを隠せない女の声がした。「どうしたんですか?そんなに濡れて。今タオル持ってきますから!」 と店の奥へ声の主は消えていった。 女一人か?と男は思った。暫くして目の前が白いもので覆われた。タオルをかけてくれたのだ。自分で雫を拭き取る。とりあえずびしょびしょになったスーツも拭き取った。 カウンター席に座り視界が落ち着くと黒いスーツ姿の女性が目に入って来た。 「何にしますか?」と普通ならそんな質問が来そうなものだった。ところが店員は意外な言葉を口にした。「あたし、今日上手く厚焼き玉子やけたんです」 あまりにも嬉々として話しかけてこられて男は戸惑いを隠せなかった。 「ああ、そうなんだ」と返すのが精一杯だった。そんな男に構うことなく女は話を続けた。「今日は妹風邪ひいちゃってあたししかいないんです。妹の方が料理上手いんだけどね」 「あ、俺…」と言いかけた男を制して「妹から話を聞いてます。高校の先生なんですって?」と女は言った。 男は「初めまして。瀬田暢彦(せたのぶひこ)と言います」と自己紹介した。 女は「里絵の姉の志保里(しおり)です」と挨拶した。 里絵は暢彦の高校の同級生だったが進学を期に離ればなれになったのだった。高校の友人の噂でこの辺でバーを営む姉を手伝っている話を聞いていたのだ。 里絵には電話で近々立ち寄ると話していた。 暢彦は志保里とは全く初対面だったが完全に志保里のペースに乗せられていた。 暢彦がカウンターに置いたのど飴を見つけると志保里はあたかも自分の物であるかのように食べていて何も言えなくなっていた。
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