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涙を流す羽川は儚げで今にも折れてしまいそうだった。眼鏡のレンズが水滴で汚されて行く様子が何故か僕には血が流れているように見えた。
「私はね、誰かを本当に好きになったことが無いんだよ」
それは僕も同じだろう。人間強度なんてくだらない理論を振りかざしてそれを盾にして勝手に自己完結的な世界に閉じこもっていた僕と自分すら欺きながら生きてきた羽川は。心を閉ざしていたという点では間違いなく同類なのだから。
「春休みのキスショットさんの事件の時に阿良々木君には悪いけど、すごく嬉しかった」
何度も死にかけたのに羽川は嬉しかったという。あの地獄の春休みのことが。僕が化物の残りカスを生み出し、人間をやめてしまった。その日々が。僕の悪夢が。
「どうしようもない日常を変えてくれる夢物語みたいで、話すたびに胸がドキドキして」
本当にどうしようもない位、阿良々木君と話すのが楽しくて。私を絶望から救いあげてくれるみたいで。この人のためなら死んでもいいかなって普通に思えた。
「私は、羽川翼はあの時から、ずっと阿良々木暦君のことが好きでした」
あの春休みに絶望していたのは僕だけではなかった。羽川もまた絶望し、変わらない日々に変化を求め続けて町を徘徊していた。そして、僕と出会い。吸血鬼に出会い。忍野に出会った。鳥籠を壊してくれる鍵を羽川は見つけた。僕が羽川という救世主を見つけたように。羽川もまたあの日に救いを見つけていた。
「お願いします。私と付き合ってください」
この言葉に僕はどう答えればいい。羽川は僕が思っていたよりも嘘つきだった。完全な善意ではなく、歪み過ぎて真っすぐに成り過ぎた羽川は。僕にはあまりに眩しく、恐ろしく、遠かった。太陽のようだ。触れたら灰になるような輝きだ。それでも、僕はそれを愛しいと思う。
「僕はたぶん、簡単に年を取れない」
羽川は普通に生きて、老いて、死ぬだろう。僕は大抵のことでは死ねない体になった。そして、長い間生きることになるんだろう。あの吸血鬼は500年生きた。僕は何年生きるだろう。
「僕はたぶん、簡単に死ねないし、どうなるかわからない」
人間の範疇を止めてしまったから。それがあの時の答えだから。
「それでも、羽川は僕の傍にいれるか? 」
こんな地べたを這う化物の横に。
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