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「私を忘れないで」
あの言葉がまさか今後、僕の人生をずっと苦しめることになろうとは、きっと想像もしていなかったと思う。
僕の彼女、沢尻真琴(サワジリ マコト)は白血病という病が原因で、23歳という若さでこの世を去った。
死。
それは突然やってくるような、例えば、交通事故などで愛しの人を失ってしまうような衝撃とはまた違う苦しみだった。
僕は真琴の死を今か今かと覚悟し、いつでも見送る準備をしなくてはいけないという、まるで脅迫されているかのような恐怖がジワジワとやってくる、そんな苦痛だった。
だから、真琴が死んだ時、僕は涙を零すことはなかった。
むしろ、そこには安堵の気持ちがあった。正直、日々真琴が死ぬことを想像する残酷な日常から、やっと解放される……そんな気持ちだった。
よく大切な人が死んだりすると、家族や最愛の恋人はショックの衝撃に耐え切れず、鬱に近い感情に支配され、元の生活に戻るまでに時間がかかる……というような映画や小説が世間に覆い尽されているが、実際の所、それは嘘だ。
いや、別に僕が真琴の死に対し、すぐ立ち直れたというわけではけしてない。
ただ、子供とは違い、大人である僕等は人の死に対して、悲しみの余韻を残すような暇がないというのが現実だということだ。
僕は真琴を愛していた。
だからこそ、真琴が生きている間、僕は真琴の前でけして壊れてしまわないよう、優しく振る舞い続け、必死に……そして、強く生きている自分の姿を真琴の目に焼きつかせておきたかった。
愛した君の分まで、僕は一生懸命、生きるから。
言葉にはしないもの、僕は真琴へそう誓う必要があったと思う。それは単なる自己満足かもしれないけど、きっと今後の僕が強く生き、生涯真琴を愛し続ける。そう彼女に誓うことが、僕が真琴に対してできる最良の選択だった。
きっと、真琴もそう願っていたはずだ。
「私を忘れないで」
真琴はその言葉を最後に残し、この世を去った。
そう。ただ、ひとつ。
その言葉の真意は最後までわからないまま、僕はずっと真琴の手を握り続けていた。
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