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それがどうして、こういった『女装』という行為をさせようとするのかと言えば、夕志も実際のところ、長年の疑問でもある。
大学の催し物のとき、先輩に強要されて巫女の格好をした時以来、
鷹峰はじぶんの権力を振りかざし、ちょくちょく女装させようと夕志に迫っていた。
──勿論、
全て回避してきたわけだが。
ここにきて、いきなり絵月家の正月に招待されたと思えば、女だらけの部屋に閉じ込められてしまい、抵抗などできるはずもなかった。
(こうなったら、私に女装させたことを後悔させてあげましょう…‥)
夕志の目に静かな炎が宿っているのに気づいたのは、着付けや化粧をした女たちだけだろう。
「後悔だと?」
「ええ、今に見ていてください」
そう言うと、夕志は広い部屋を一通り見渡し、目標を定めると立ち上がりそちらの方向へと歩いていった。
鷹峰はというと、面白そうに顔を緩める。
その表情は、余裕そのものだ。
しかし夕志が“有能”であることをもとより知っている鷹峰は、夕志を目で追った。
ちらちらと夕志に視線が集まるが、また周りには騒がしさが戻ってきた為、そこまで夕志が歩くのは注目を集めるわけではなかった。
それに内心安堵しながら夕志は歩みを進め、鷹峰によく似た茶髪の男に近づいた。
──絵月 鷲(えづき しゅう)。
鷹峰の弟で大学2年の学生だ。
ちょうど一人で、料理をつついていたので話しかけるにはもってこいの状況。
思わず顔が綻ぶ。
「失礼します、」
「‥……っ、」
夕志の姿を見るやいなや、鷲の顔には赤みが走った。
夕志は内心ほくそ笑みながら、鷲の髪をゆっくりと触る。
「髪に、少し塵がありましたよ?」
「えっ?あっ、…ありがとう、」
慌てて髪をバサバサと弄る鷲。
見た目はそっくりでも、中身は全然違うのだ。
鷲が女好きで、大学ではやりたい放題なことを、夕志は知っている。
鷹峰に似て上品な容姿で、俗にいう“格好いい”部類の顔立ちの彼は、合コンでも一人勝ちだろう。
オマケに金もある。
とにかく、目の前に女が来て、放っておくような奴ではない。
「君、名前は?」
「ユウと申します」
「ユウ?いい名前だね。」
若干馴れ馴れしいところも、鷹峰そっくりだ。どこか上からな口調も。
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