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かつて自分が言った言葉が志津里から返された事が悔しかった。
しかし、もう逃げ場は無い。
「じゃあなぜあなただけは名前を間違えなかったのか?」
「それが上がる前の原稿を読んでいたから…」
静かに香子は敗北を認めた。
「はい、名前を正しく書いていた最初の原稿はあなたが本番前に読む分の一部しか上がりませんでした。その後で本番の分が上がりましたから。だからあなたは荻原と認識したまま本番は原稿を読んでいたんです。そして最初の原稿は本田さんが持っていた。そして死体と共に原稿はそのまま…あなたが最初の原稿に目を通すチャンスはたった1度だけしかない」
「…本田を殺した時ね」
「ええ…」
志津里は小さく言った。
全てを証された香子の心は本番が終わった様に緊張の糸が切れた。
あれだけ守りたかった地位が失われるというのに、何か不思議な気分に包まれた。
そして、香子は見上げながら改めてニューストレインのセットを見た。セットは何度か変わったものの、長年の戦場には変わりなかった。やはり感傷的になる。
「いやぁ、これから夜の楽しみがなくなるのは寂しいですよ。中さん」
志津里は背中越しに言った。
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