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夕方になった。
重い足取りでバイト先へと向かう。もしかしたら帰宅中の椿姫に会うかもしれない。あったら先ほどのことを適当に謝っておこう。
セントラル街はこの前の事件が嘘のように、いつもの様相を取り戻していた。
道行くサラリーマン達は、早足でそれぞれの目的地へ赴く。
「はぁ……」
吐き出す息は白く、冬の寒さがまだ残っていることを示していた。
「まだ、寒いっすね」
最近、独り言が増えたと思う。誰とも話したくはないけれど、音がないと気持ちが悪い。
空を見上げながら歩いていると、
「おっと」
「わっ」
人にぶつかってしまった。慌てて謝ろうと視点を戻して相手の顔をみる。
「おい、気をつけろよ! どこみて歩いてんだこの……て、宇佐美さん?」
「エテ吉さん……」
そこには相沢栄一の姿があった。久々に会ってなんだか懐かしくすら感じた。
「久しぶりー、宇佐美さん、元気だった!? 僕? 僕はもちろん、元気だよ!」
「はぁ……サーセン、えと誰でしたっけ?」
「ガガーン、うわっ、久々に会ってその態度はショックだな。って、その前に僕の名前言ったよね?!(くっそ、この女の態度、しかも俺ちゃんが挨拶してやってんのに無視してサーセンだぁ? 世が世なら処刑台いきだっつーの)」
事件の後、しばらく落ち込んでいたようだが、一週間もしたらいつもの調子に戻っていた。エテ吉さんなりに考える所があるのだろう。
「すいません、冗談です。えーと、ポテ吉さん」
「違うよ! 宇佐美さんはなんでいつもそうなの!? 俺ちゃんを舐め……」
後半、本性が出掛かっていたが直ぐにぶりっこ面に戻って続いた。
「い、いやあ、とにかく元気そうで僕、安心したよ。ユキさんも椿姫ちゃんも花香ちゃんも白鳥さんも心配してるよ?」
「サーセン、皆さんにはご心配おかけします。じゃ、自分、バイトなんで失礼します」
「ああ、宇佐美さん!!」
背後でエテ吉さんの声が聞こえたが、時間も迫っていることもあって無視することにした。
「てんちょ、ちわーす」
「宇佐美! 遅刻するなら電話くらいしろよ」
「すいません、悪漢に絡まれまして」
「はぁ? まあいい、お前のそういうところは諦めた。早く着替えてこい」
バイト先のドラッグストアについたのは規定時間より十五分も過ぎた時刻だ。事件の時、店を滅茶苦茶にされたが店長も無事で店舗も直ちに直して営業を再開した。
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