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父との思い出を聞かれても、数えるほどしかない。私はけして周囲から望まれて産まれたわけではない。父などからすれば痛恨事であろう。母が私を身ごもったとき、父にはその事を隠していたという。言えば必ず堕胎を強要されると思っていたらしい。 そんな父だから私に父親らしい愛情を示すことなどなかった。 ひとつだけ思い出すならば、幼い頃、父に手を引かれて野球の試合を見に行ったことがある。 六大学のスターが鳴り物入りでプロ入りし、学生時代と変わらぬ打棒でファンを魅了していた年である。 珍しく父は上機嫌で私に野球の話をしてくれた。 あの投手の変化球は並みの打者ではかすりもしないだの、しかし精神的にもろいからあまり活躍できないだの、つきなみな、どこかで聞いてきたような話を饒舌に語った。
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