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そして、父は出て行った。
女と逃げた、と知ったのはしばらくしてからのことである。
母は何も語らなかった。
父の裏切りに対する憤怒も、捨てられたことへの憐憫も、一切合切に蓋をして貝のごとく口を閉ざした。
一度だけ、未練があるか、と訊ねたことがある。母は少しだけ怖い顔をして、なにも答えなかった。
それで私と父は縁が切れたのだ。それ以来十数年、一度も会っていない。
会いたいとも思わない。
あの男が下手な博打で作った借金のために、私と母がどれほど苦労したか。
母は無理な仕事がたたって先年あっけなく他界した。
私は進学を諦めて、しがない町工場の工員として糊口をしのいでいる。
家族を不幸にし、のうのうと逃げた男など、もはや忘れたいのだ。
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