白い部屋にて

2/3
前へ
/22ページ
次へ
君が僕に見せる笑顔は、桜の花の様。 すぐに散りそうなくらい儚くて、その消えてしまいそうな桃色が僕の心を刺激する。 春が終われば散ってしまうのだろうか。そんな風に考えながら、僕は君を抱きしめる。病んでしまった桜の木を必死に介抱するみたいに。当然、僕は樹木に対する知識なんてさっぱりだから、僕のやっていることなんてきっと無意味な事なのだろう。それでも花の寿命を伸ばしたくて、僕は的外れな介抱を続けるのだ。 「お腹空かないか?」 「うん。…空いた、かも」 僕の問いかけに素直に頷く君。その顔に浮かぶ恥ずかしそうな微笑みをみて、もう何度目かの決心をさせられる。僕は君の為になんでもしてあげよう。 実際、僕がしている事なんて治療でもなんでもないのかもしれない。でも、臆病者の僕はその桜に触れる事なんて到底出来なくて、根元に水をまいたりなんて気休めにしかならない事を繰り返している。 これは、君にとって何の意味もない、僕の自己満足にしかならないのかもしれない。 「お茶にしよう」 買っておいたショートケーキを君の前にあるテーブルに並べた。君が僕の声に頷いたのを確認して、お茶を淹れる準備をする。 「美味しそうなケーキね…」 君は少し嬉しそうにケーキを見つめ、僕に笑いかける。その瞳に僕はどんな風に写っているのだろうか。 僕が買ってきたのは君が大好きだったケーキ。 君が気に入るのも当たり前だ。君はこれから何度もこのケーキを見て、美味しそうと呟くのだろうか。 「今日はちょっと寒いね」 君は僕の淹れた紅茶に口をつけて向かいに座る僕を見た。 「けど、もう春だ」 「あら、いつの間に?…桜はもう咲いてるのかしら」 そう言って君は窓の外を見つめる。寝たきりの君には、青い空と窓の外側の鉄格子しか見ることが出来ない。 「満開だよ」 僕は窓を見ながらそう言った。 しかし、そんなのは真っ赤な嘘だ。桜は既に散り始めていた。 「素敵ね」 君が笑った。桜の花のように。本当の事を知らない君の笑顔は美しい。 桜はもう、散りかけていると言うのに。
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加