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「ようやって下さった。棚田屋せんせえ」
小汚い身なりの男が皮肉を込めて言った。
棚田屋せんせえ、と呼ばれた男は一瞬目を見開いたが、また元の笑顔に戻る。
「礼には及びませんて。仕事です」
小汚い男が銭を出す。
そして、受け取ろうとした棚田屋せんせえの手を、がしっと両手で掴んだ。
薄汚れた男の手とは裏腹に、掴まれた手は白く透き通るようだった。
「棚田屋さん…あんた何で嫁をとらん」
「は……」
「おなごみたいな顔して、いい年だろうに」
「はあ…」
そして男は棚田屋の手に銭を捩込み、直った番傘を肩に乗せ「ありがとさん」と礼をして出ていった。
棚田屋は、安堵のため息をついた。
男に『せんせえ』と予想外に呼ばれた事に、些か身が震えた。
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