潜入と再会

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しぐれ煮を粥に乗せ、木根と一景にそれを差し出す。 木根は縛られた腕をもぞもぞと動かし、「これ解いてくれよ」と訴えた。 一景は、横に伏したまま何も言わない。 仕方なく佐介が代わりに答える。 「駄目ですよ。あなたは言わば人質です。手紙を書き続けてくれなければ困るんです」 手紙と薬丸の代わりに受け取る代金は、生活の糧になっていた。 堕落した一景の代わりに家計を切り盛りする佐介は、番傘直しだけでは、三人分の食費がままならないと気付いていた。 何せ、木根はすぐに腹が減る。 佐介の悩みの種だ。 それに……、 一景は薬代の半額を、こっそりと溜め込んでいる。 その目的が何なのか見当はつかないが、遊郭遊びに散財するような金ではないと、佐介は信じる。 「手だけ、自由にしてくれよ」 「筆を持つとき自由になるじゃないですか」 「なんでい。俺は逃げねぇよ。毒を食らわば何とかでさ、俺はあんた達の悪行にとことん加勢してやるよ。次は誰をやる?」 「悪行なんて人聞き悪い。皿まで食わなくても、毒を食った時点で自分の愚挙を恥じて改めるべきです」 「へぇ。兄ちゃん、随分偉そうだな。どっかの坊さんみてぇだ」 木根の言葉に、佐介は頭を殴られた気分だった。思い出したくもない、あの忌まわしい過去が甦る。 厳しい修業と生活に加え、鬱憤の溜まった若い修業僧のはけ口にされた事。 あんな過去は消してしまいたいのに、ふとした瞬間、知らず内に身についた教えが現れる。 佐介が顔を伏した時、のそりと一景が起き上がった。 「五月蝿いな、塩屋」 いかにも迷惑そうだが、佐介は一景の計らいに感謝した。 心を読んだのだ。 これだからこの男は女に好かれるのだと佐介は思った。
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