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声を殺して笑い、一景は立ち上がって木根の前に座り直す。
縛られたままの木根は一瞬怯んだ顔を見せたが、観念したように険しい顔で舌打ちをした。
「よっぽど菖蒲がお気に入りなのだな」
「……嫁と同じぐらいな」
「なら話は早い。金は佐介のものだ」
「どうしてだ! 半分、いや三割でも俺の取り分に相応だろ!」
身体をよじって身を乗り出すが、きつく縛られた縄が皮膚に食い込むだけで、木根はどうにもならないもどかしさに唇を噛む。
一景の指先が、木根の顎を掴んだ。
「お前と佐介の願いは同じなんだよ、塩屋。……なぁ、佐介は菖蒲と似てないか?」
間近で見る一景の凛とした顔は、真っ暗闇の中に浮かぶ三日月のような妖しげな鋭さがあった。
圧倒的な一景の迫力に圧されながら、木根は、はっと思い出す。
佐介の中に、菖蒲を感じていた自分を。
「……なんでい、菖蒲と佐介は似ちゃいねぇよ」
「嘘が下手くそだな」
「くっ! 似てたらどうだってんだ!」
木根はあからさまに目を泳がせる。
一景はそれを見て笑った。
佐介は黙って、一畳離れた所からそれを見ていた。
菖蒲が妹のあやだと核心が持てないでいるのに、一景の自信は何処から来るのか。
鎌を掛けているのか。
佐介はふと辺りを見た。
あやは変わってしまっていないだろうか。
自分はこのおんぼろ長屋の一部屋で、傘屋と町医と人殺しの手伝いをしている上、それに馴染んでしまっている。
あやは、華やかに着飾った遊郭での生活に馴染んで、もう貧乏生活など死んでも戻りたくないと――――
そう思っていたとしたら……
「佐介は菖蒲の生き別れの兄だ」
はっきりと輪郭を持った一景の声が、部屋に響いた。
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