91人が本棚に入れています
本棚に追加
「あのー、西園寺さんですか?」
考え事をしていたので気がつかなかった。
いつの間にか彼女の目の前に男が立っていた。土いじりでもしていたのだろうか、全身土まみれだ。
「え、ええ……。あなたが?」
「よかったぁ。遅れちゃって、すみません。畑の収穫、手伝ってたら、つい熱が入っちゃって」
貴子は眩暈と同時に怒りを覚えた。
この私の迎えにこんな粗野な者を寄越すなんて! しかも、寄り道! その理由が畑の収穫ですって? これだから田舎は嫌なのよ!
「さてと……。荷物、運びますね。ここにある物、全部ですか?」
「えぇ。……貴方、一人でいらしたの? それでは、この量を一度に運べないのではなくって?」
「そうですねぇ。でも、何回かに分けて運びますから」
あくまで彼はニコニコとしながら、荷物に手をかけ始めた。
「その間、私がここに残って荷物を見張っていなくてはならないと言うことかしら?」
あぁ、嫌だ。自分でここまで言わないとわかってもらえないのかしら。最初からこんなことでは、ここらの領主であると言う、松浪家の跡継ぎも知れてくる。そんな者に、私は嫁がなくてはならないのかしら……。
貴子の鼻の奥がツンとしてきた。目から流れそうになるものを、一生懸命こらえる。
「大丈夫ですよ。ここでは、そんな悪さをするような者はいませんから」
「そんなこと、わからないじゃない!」
彼のマイペースぶりに、とうとう彼女もキレた。
「そんなこと言って、無くなったらどうしてくれるのよ! 無責任なことばっかり言わないでよ! 貴方がどう責任取れるって言うのよ!」
彼はポカンとして彼女を見た。
「無くなったら困るものだってあるのよ! だからもう嫌だったのよ、こんな所! 貴方の所がうちに援助したばっかりに……!」
抑えていたものが一気に崩壊してしまい、貴子の目からとうとう涙が零れ落ちた。一度決壊してしまったものは、とめどなく流れ落ちるのみだ。
「いや、その……。困ったな、ごめんなさい」
最初のコメントを投稿しよう!