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公平は彼女の怒りに気付いているのかいないのか、学の肩をバンバン叩き、笑いながら苦しそうに言った。
「これが笑わずにいられるかっつーの! この女、俺のこと、おまえだと思ってるんだぜ――」
「しょうがないですよ。だって、今日の格好とか見たら――。あ、すいません。自己紹介が遅れました。彼は幼馴染の柳公平さん。ここの医者なんですよ。そして、僕は松浪学。貴子さん、あなたの婚約者です」
……なんですって?
貴子は聞き返したかったが、声にならなかった。
貴子の周りの景色が大きくゆがんだ。
「うわぁっ、貴子さん!?」
彼女は、そのまま気を失った。
一通りお腹を抱えて笑った公平は、学の頭を叩いた。今度は先程より少し強く。
「いくらなんでも、初めて会う女にその格好は失礼だろ。しかも、相手は都会の元・お嬢様なんだからな。そのへん、読めよ」
「そ・そういうものなんでしょうか……」
学は貴子を抱きかかえて、屋敷に戻ろうとした。
「あ! そう言えば、荷物を放っておいてはいけないって言われたんでした、貴子さんに。僕は、大丈夫だと思うんですけど……。この辺で、そんな悪い人はいないですし」
「だから言っただろ。都会のお嬢さんには理解できないって、そんなこと。まぁ、絶対に大丈夫だけど、俺が荷物見といてやるよ。だから、お前はお嬢さんを早く屋敷で寝かせてやれよ。見たところ、ただの疲労みたいだから」
公平は、貴子の荷物のトランクの一つに腰掛けた。なんだかんだ言っても、ちゃんと彼女の望むようにやったほうがいいと思ったからだ。知らない土地に来たばかりで、神経も過敏になっているのだろうし。
「すみません。すぐに屋敷の者を寄越しますから」
学は貴子を抱きかかえて、屋敷に向けて走っていった。細い外見に惑わされがちだが、意外と力はあるのだ。
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