1「火の中へ入る」

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「ふふふ、隊長さんはぼうやが嫌かな?」 嫌がっているのを見て面白がる様は、年端の行かない程に思えるが、実際はもう若くなどない。 しかし、我が母ながら美しい人だと思う。 「そんな事より、大事な話がございます。」 俺がそう言って話を切り出すと、母は俺をからかうのを止めた。 「…私は、明日から前戦へ出ます。」 俺がそう告げると、母は息を深く吸って、立ち上がった。 「ならば、お前に必要な物がある。」 と言って、部屋の奥に置いてある金と宝石で装飾の施された箱の前へ行った。 箱と言っても、大きく、大の大人も一人はすっぽり入るくらいあるものだ。 母は箱の蓋に触れて、呪文を唱えながらその指を払った。 すると、蓋は軽々しく指の動きに倣って滑り、中身を晒した。 俺が座って居るところからもその中が見えたが、中には剣が在るだけで他には何も無い様だった。 母がその剣を取出し、再び向かいのソファに着いた。 「さて、三世や。 戦いに身を尽くすならば、覚えて置きなさい。 殺していると言う事を。」 母はそう言った。 「…心得ております。」 「よろしい。 では、父と母の想いを受け取りなさい。」 剣が俺に差し出された。 目の前で見ると、鍔も柄も、鞘も全てが純粋に美しく、そしてまた鞘の表面に浮かび上がる模様に力を感じた。 受け取り、触れる瞬間にこの剣が持つ魔力の脈が伝わって来て、自分の心臓に呼応するのがまさに手に取る様に分かった。 「どうか?魔剣を持つのは初めてだったかな?」 魔剣の凄味に感心している俺に母が聞いた。 「その魔剣は「テュポエウス」と名を持つ。 その剣がお前を導き、またお前がその剣を導くのよ。 まさしく天上の傑作ぞ。 職人も名残惜しがったからの。」  
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