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軽く左目を閉じてみると、白い闇しか映らない。
「……ないな。どうなっている」
両目で見ている限り、視野の大きな欠損があるようには感じられず、セシルが右目のすぐそばで手を止めていた。
「真ん中、瞳孔?あんたの灰色、色が無い。透明…ともちょっと違うけどなんか透けてる。てか立てんの?」
残っていた魔物も残り少なくなってきており、遠巻きにグリスとセシルを気にしている人も窺える。
先程のに気付く者は気付いてしまうため人に囲まれるのは何としても避けたい。早く離脱をしたいが、グリスが立ち上がる気配がなかった。
「ふむ…力が入らん」
「――セシルさん」
少し遠くから、歩みを止めず近づいて控えめに声を掛けてきたのは、セシルがよく知る総護軍の小隊長だった。
「軍のおっちゃん」
よく手入れされた軽装な鎧に長剣を携えた姿は、華美を嫌う皇帝の趣味がよくあらわれていた。目尻のシワが物腰の柔らかさを物語る。
セシルは手を挙げて応えた。
「ここ任せていい?」
小隊長はチラリとグリスを見て、無言で頷く。セシルはグリスを肩に担いで立ち上がった。
グリスは抵抗しようにも、足は力が入らないので蹴飛ばせない。
「何を」
「このまま病院戻る!“転移”」
グリスよろしく王立病院の屋上、上空に転移したセシル。普段ならば咎める側だが、今回ばかりは病院の正面からの訪問は避け、足をつくなりグリスは肩に担いだまま、リシルのいる病室に走り出した。
幸い、リシルの病棟には人が歩いていることが珍しい。階段をひとっ飛びに越えて降り、不機嫌な雰囲気は感じつつも揺れには気を遣わずに急いだ。
グリスの事は緊急だが、襲撃と共に目を開けたリシルの様子も非常に気になる。
病室付近に看護師の気配を感じて、離れていってしまう前に、とセシルはますます急いだ。
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