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忘れもしない、私の23才の誕生日の翌日。
『あれ、お父さんもう起きてたの?』
私が帰宅したのは午前4時頃。
父はすでに出勤準備をしていた。
洗面台の前で髪型を整えていた。
しかも、変なかっこで…
『…お父さん、いつも股引履いてるの…?』
Tシャツに黒いスパッツみたいな股引。
思わず笑ってしまった。
『股引じゃない、タイツだ』
いつもならムッとした顔で言い返す父が、怒りもせずに答えたものだからなんだか拍子抜けしてしまった。
『でもその股引、大がこないだ履いてたよ』
『なにぃ?』
やっといつもの父の反応が返ってきた。
『隠しとかなあかんなぁ』
私にとって父は若くてカッコイい(?)自慢の父である。
だが、タイツ(股引)を履いている父には正直幻滅というか、ショックを受けてしまった。
娘にとって、父にはいつまでも【カッコイい自慢の父】でいて欲しいもので…
香水はブルガリのブラックを愛用していた父が!
寄りによって股引なんか…😭
『…それはそうと、昨日何の日だったか覚えてる?』
気を取り直して私は問いかける。
『知らん』
案の定、素っ気ない答え。
『信じらんない!覚えてないの?』
『…わかってるわ、お前の誕生日だろ』
面倒くさそうに答える父に私は満足気に頷く。
そして、忙しそうに支度をする父の後を腰巾着のように追いかける。
基本的にファザコンだからなぁ…
『おい、お茶くれ』
『はいはい』
父専用ウコン茶を湯のみに入れてテーブルに置く。
父はそれを飲むと、朝食のおにぎりをほおばった。
そして電話をかけて、腕時計の時間を確認している。
『何してるの?』
『バスが遅れると困るからな』
『ふーん、大変だねぇ』
父はこの年に長年勤務していた会社を辞め、バスの運転手に転職した。
そのせいか父がしていることに何かしら質問ばかりしていた。
『じゃ行ってくる』
『行ってらっしゃーい、気をつけてね』
私は玄関まで父を見送った。
ブルガリブラックの残り香が玄関先に残っていた。
そして。
これが父の元気な姿を見た最後だった…
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