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2002年12月18日午後 当時夜の仕事をしていた私はまだ夢の中にいた。 耳障りな着信音で現実に引き戻された。 『…はぁい』 電話の先の声は至って冷静な母だった。 『お父さん、吐血したから』 寝ぼけまなこの私はその言葉で跳ね起きた。 『嘘だぁ』 疑いの言葉ではなく、現実を否定したい私の心の声だった。 だって昨日まであんなに元気だったじゃない? くだらない話してたじゃない。 そんなこと、あるわけ、ない。 お父さんの笑顔、頭から離れない。 『今はお父さんの会社の指定病院にいるけど、これから市民病院に搬送するから支度できたら来て』 『…わかった』 慌てて支度をする。 先にタクシーを手配してその間に着替えた。 タクシーの信号待ちにイラついて、落ち着かない。 15分程の距離がこの日ほど長く感じたことはなかった。 『お釣りいらない』 病院に着くや、そう言い残して中に駆け込む。 向かうは救急救命センター。 そして先に到着している母の姿を捜した。 『お母さんッ』 『今、処置してるとこだよ』 母と上の弟が待合いで立っていた。 こういう時、何もできないのがすごくもどかしい。 ただ救急医からの呼び出しを待つだけ。 『大が電話に出ないのよ』 母が溜め息をつく。 この日下の弟はバイトでイベントスタッフをしていた。 バイト先は名古屋。 病院は特急でも30分強かかる駅の、しかもそこからバスで20分程かかる街外れにある。 最近大きな病院は街中からかなり外れた場所に移転する事が多いのだが、それも考え物だと思うのは私だけだろうか? 結局下の弟と合流出来たのはこの後3時間ほど後だった。 『救急救命士の手際が悪くて! それにあそこの病院の看護婦! お母さんが救急車呼べっていってるのに、吐き止めの点滴打ったから帰れって‼ そしたらその看護婦お父さんが吐血してパニック起こしてるし。それみたことかって思ったわよ‼』 母は怒り心頭でまくしたてている。 デキる看護士だけにイラついていたのだろう。 普段は天然ボケの母だけに、仕事中の姿がどうしても信じられない。 陽もすでにくれていた。 宵闇があたりを包んで、病院の受付も常備灯を灯すだけだった。 誰も喋らず沈黙が続いていた。 『Nさんのご家族の方お見えになりますか?』 ようやく、救命から声がかかる。
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