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何なのだろう。
何故こうも邪魔されるのだろう。
狙ってるわけじゃあるまい。
なのに、何故。
姫蝶は苛立ちで震える拳を抑えながら、機械的に車へ顔を向ける。
『はい?』
「ここへ」
男の落ち着いた声が、側へ来いと中から呼ぶ。
普段の姫蝶なら絶対に従わない。
けど、今は清掃員。
逃げるために走り出すには、まだ距離が学園に近すぎる。
『何か?』
姫蝶が近づき、顔を合わせた男ー…藤代 清治。
少し伏せている切れ長の目。
品のある顔立ちと、怜悧な頭脳の持ち主だと一目でわかる雰囲気を纏う。
仕草の綺麗な指が、眼鏡の端に触れる。
「見ない顔だな。名前と経歴は?」
一瞬、姫蝶はピクリとする。
けれど、冷静に慎重に答える。
『臨時雇いです。名は、田中と申します』
とっさに浮かんだ偽名は、ありきたりな名字。
本名を明かすわけにはいかないので仕方がない。
とにかくこの場を切り抜ければ学園を出れる。
姫蝶は、ただ相手の応答を待った。
「そうか」
藤代の答えに、ホッと胸を撫で下ろす。
が
「嘘だな」
『!?』
見抜かれてしまった。
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