第1話-榮花学園-

30/30
前へ
/62ページ
次へ
月明かりの下、姫蝶は寮の裏庭を歩いていた。 裏、とはいっても、表の庭と変わりなく細部まで手入れが行き届いている。 抜け目のない、完璧な庭。 …それは、この学園そのものを表しているようだ。 『…大丈夫』 月を見上げ、姫蝶はポツリと呟いた。 視線を前に戻す。 すると、先のガーデンハウスに人影が見えた。 暗くてわからないため、目を凝らしながら近付く。 その時、地面の小枝を踏んでしまい、パキッとした音にその人物は顔を向けた。 月がその姿を照らす。 ハウスのベンチに腰かけていたのはー… 「…何だ、お前か」 光だった。 光は姫蝶だとわかると、後はもう興味が無いように視線を戻す。 沈黙が流れる。 少しして、姫蝶から口を開いた。 『…ちょうど良い。聞きたいことがある』 姫蝶はハウスに足を踏み入れる。 『明日まで、あなた以外は研修旅行で不在だったはず。なぜ、あの者たちまでいる?』 無言の光。 姫蝶は足を組んで前をジッと見る光の前に立った。 『答えて』 光は小さく息を吐くと、姫蝶へと視線を上げて呟く。 「今更知って何になる?」 『…別に何にもならない。ただ納得がいかなくて知りたいだけだ』 風に、結っていない姫蝶の長い黒髪がなびく。 その髪の端を、光は上体を寄せて指で掴む。 「…お前の叔父上の急な予定変更で、帰国を早めた」 豊春のことに姫蝶がピクッと眉を動かした時、光は立ち上がり姫蝶の眼鏡をクイッと指にかけて引いた。 『っつ…』 耳に微かな痛みを感じた姫蝶がキッと睨み上げると、光の顔が目前にあった。 初めて、ガラスの壁無しに二人の瞳が交差する。 「…言い忘れてた」 艶っぽい表情で、光は低く囁く。 「…ようこそ、榮花へ」
/62ページ

最初のコメントを投稿しよう!

160人が本棚に入れています
本棚に追加