貫く意志―近藤勇―

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 「まずい、な……これ、は、死ぬ、か……?」  町外れの林の木の幹へ背中を預けるような形で寄り掛かり、力無く腰をつく。少し前の斬り合いで左脇腹に負った刀傷からは鮮やかな紅い、液体が流れ出る。それは着物を朱く染め、地面に赤い血溜まりを作ろうとしていた。天候は、雨。さして激しくはないが、空から次々と舞い落ちて来る天の雫が地面を濡らし、着物に染み、傷口に触れて強い痛みが走る。  降り注ぐ雨は紅い血を流し、紅い紅い水溜まりと流れが出来た。  辺りに人気はなく、ただ、降り注ぐ雨粒が地面や木々の葉を打つ、静かな音だけが響き、雨は私を打ち付ける。  私のすぐに近くには紺色の着物を着た男の死体と一本の刀。周りにはやはり、紅い水溜まりと流れが出来ている。  この男は長州潘の尊皇攘夷志士(そんのうじょういしし)の一人で私が先ほどまで斬り合っていた相手だ。  剣術の腕自体は大したことはなかったが、無駄に頭が回った。小細工が上手かった、と言うべきだろうか。策に乗せられぬよう細心の注意を払い、剣を交えていたはずが、迂闊(うつかつ)にも最後の最後、捨て身の──否。“勝つ”と言う結果そのものを完全に捨てた策に嵌(は)められた。この男には元々勝つつもりなど、無かったのだ。最初から相打ちに、するつもりで、いた。頭が欠ければ局が揺らぐとでも思ったか、それとも倒幕を志す彼の仲間たちにとって驚異となる者を消しておこうとしたのか。あの男を斬った今では確かめようもない。  しかし──……  私は少しずつ薄れ行く意識の中で男の亡きがらを横目に見る。  「許せ──……お前たちに尊皇攘夷と倒幕と言う志しと譲れぬ意志があるように、私たちにも──……」  もう、何も聞こえぬ男に向けて呟き、そのまま空を見上げた。いつもは何処までも鮮やかな青空と真っ白な雲が見えるからだろうか。今の、分厚い灰色の雲が覆うこの空はどこか悲しげで寂しげに感じた。  「く、視界、が……」  視界が、どんどん霞んで行く。血を、流しすぎたか。私もこれまでのようだ。
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