虚構の事実

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「くっ」 獣との間に現われたのは、電車のドアだった。 無論、勢いよく獣は弾き飛ばされ、キャンというその姿からは似つかわしく無い声を出した。 「えっ 電車の……ドア?」 少し離れた所にいた凛子は目を丸くしている。 あの時、突如消え、一粋が落ちる事になった馴染みのある電車のドア。 一粋の紋章の輝きに共鳴したかのように現れた。 「うおっ なんでだよっ」 獣は、弾き飛ばされはしたものの地の底から聞こえるようなうめき声を出しながら、ゆっくりと体勢を立て直し、妖しげに牙を見せ付けていた。 「一粋!はやくっ 逃げるよ」 頭が困惑し、足がもつれながらも、本能的に走り出す。 しかし、人間という動物が知恵と理性を手に入れた代わりに失った物は大きく。 こんなにも、単体では弱い生き物なのかを痛感する。 風を切るような速さで後ろから迫る恐怖。 みるみるうちに差は、縮まっていく。 2人は、後ろを振り返る事無く無我夢中で走っていたが、迫る存在がすぐそこまで来ているのを感じていた。 頭の中に諦めと死の覚悟が過った、その時。 刀と刀が激しくぶつかり合った時のような金属音がそこら一帯の音を掻き消した。 思わず、耳を塞ぎ、足を止めてしまった。 それほどの音だった。 2人が激しく息を切らしながら振り返ると、砂ぼこりにまみれた着物を着た、白髪を後ろで一束に纏めた老人がいた。
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