封印されし悪魔

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今から約430年前。潮風が吹き乱れ、波が打ち寄せ岩にぶつかり潮吹雪をまきちらす岸壁の頂きに、一人の中年男が立っていた。その男の服はどこかしこもほつれ、または裂けている。その裂けた服の下は包帯が巻かれ、血が滲んでいた。新しく巻かれただろう包帯に滲む血からして、まだ新しい傷だということがわかる。そして包帯に巻かれた手には、どこの文字かもわからぬ文字がほってある、壷があった。壷には蓋がしてあり、その蓋には札のようなものが厳重に貼られていた。容易に開けさせないという意思がみてとれる。ふと、男が潮風に掻き消されそうな小声で言う。 「俺の力不足だった。こいつを滅するどころか、封印するのがやっとだった。それに…」 男が後ろを少し振り向き、そこに見える丘に目を据えた。 「多くの犠牲を払いすぎた…」 その男の目の先の丘には、まるで草が生えているかのように、無数の十字の墓が連なっている。その墓の前には、ぽつぽつと人がいることがわかる。その者達の目にはあまり生気がなく、呆然としていた。まるで現実を直視せず、どこか現実逃避しているかのようである。 「皆、死んだ。共に戦った弟子も、この島の住人も…なぜ俺だけ生き残った…生き残った俺には何ができる…?」 男はその顔に悲痛の色を浮かべる。彼等を死なせたのは自分のせいだと思う。自分の弱さが結果として弟子や住人を死なせた。そしてそんな弱い自分が、生き残ってしまった。男は水平線の向こうをみる。焦点は定かではない。 「今の俺には祈ることしかできん。”こいつ”が、未来永劫この世界にに再び解き放たれぬよう…そして……」 手にしていた壷を深く淡い碧色をした海へとなげる。壷は海の底へと、深遠の闇へと堕ちていく。男の握る拳から血がしたたりおち、男の眼に力が宿る。 「そして、退魔士として、一体でも多く奴らを屠る。それが、師匠である俺からの…いや、共に悪魔がいない世界を望んでいた”お前達”への、弔いだ。……………俺を許してくれ」 それから五年後、彼は闇の世界でも名高い大悪魔を滅し、その名を史実に残した。彼の名は、ガラナス・ラールといった。
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