目覚めた少女と暁の世界

2/7
前へ
/208ページ
次へ
「――ここは」 少女は真っ暗な道を歩いていた。  意識が覚醒したのはたった今なのだが、それ以前からずっとこの暗闇の中を歩いていたようだ。 「私は確か、ベッドの上にいた筈」 訳が分からないまま、それでも少女の足は前へ前へと動く。 しかし、進んでも進んでも景色は変わらず暗闇の中であった。 「ああもう! どうせ見るならもっと楽しい夢なら良かったのに!」 どうやら少女はこれを夢だと認識したらしい。  いわゆる明晰夢というやつだと思っているようだ。 「こんなつまらない夢なら、早く朝にならないかな」 少女の意思とは関係なしに進み続ける足に疲れを感じ、そんな事を口にする。 ――アリス。 「?」 突如聞こえた声に、少女は周りを見回す。  人の姿など見当たらない。  気のせいだったのだろうか。 ――アリス。 「!!」 いや、気のせいではない。  再び聞こえた自分を呼ぶ声は、先程よりも近くから発せられていた。 「だ、誰なの?」 少女は恐る恐る人影を探す。  ホラーは苦手な方だった。 ――アリス。 今度は少女の背後から聞こえてきた。  恐々振り返るが、案の定後ろには誰もいなかった。 「な、なに? なんなのよ」 膝がガクガクと震える。  怖い夢なんて御免だ。  早く覚めてくれ。 ――アリス、こっちだ。 また背後から声がする。  先程よりも素早く振り返ったつもりだが、やはり誰の姿も確認出来ない。 「――か、隠れてないで出てきなさいよ! この――変態!!」 「変態呼ばわりは中々酷いんじゃないか?」 暗闇の中から青年が姿を現した。 「初めましてアリス。脅かして悪かったな」 謎の青年は片手を顔の前まで出して、謝罪の意思を見せる。 青年は非常に奇妙な出で立ちをしていた。 白いシルクハットを頭に被り、赤のジャケットに白のシャツを身に纏っている。  首許には黒の蝶ネクタイをつけ、スラリと長い脚には黒いズボンを穿いている。 ハットから覗く髪は白く、その下の瞳は血のように赤い。 「あ、貴方、誰?」 「俺の名はヘイセル。白いウサギさ」 ヘイセルと名乗る青年はそう言った。  確かに、白い髪に赤い瞳はウサギを彷彿とさせるが、ウサギを名乗る割には彼はどう見ても人間だった。 「白いウサギ?」 「そう。白いウサギ。まぁ、コードネームみたいなもんだと思ってよ」 ヘイセルはその場に腰を下ろして胡座をかいて、少女にも座るように促す。  立っているだけなのも疲れるので、素直に従う事にする。 「どうして私の名前を知ってるの?」 少女――アリスは尋ねた。  アリスは彼の事など知りもしない。  どこかで顔を見たような覚えさえない。 「はは。どうしてかって? お前の名前は皆が知ってるよ」 ヘイセルはさも当然の事のように笑う。  少年のような幼い笑みだ。  歯を見せて笑う顔は、少しだけウサギに似ているようにも見える。 「皆――って誰?」 アリスは訝しげに聞く。 「俺達の世界――この暁の皆さ」 ヘイセルが指を鳴らすと、暗闇だった辺りが真っ白に輝いた。 「――あっ!!」 あまりの眩しさに耐えられなくて、アリスは腕で顔を覆う。 「さあ、アリス。運命の時間だ」 そんな彼女の耳に、ヘイセルの声が間近で聞こえてきた。
/208ページ

最初のコメントを投稿しよう!

562人が本棚に入れています
本棚に追加