藤堂家

15/15
8317人が本棚に入れています
本棚に追加
/990ページ
何か用事を思い出したのだろうか―――少々不思議そうな顔を浮かべ、いつものようにまた一礼してから旦那様の近くまで戻った。 「どうかされましたか、旦那様。」 「車は他の者に頼みなさい。 お前も自分の準備をしなくてはならないだろうからな。」 そう言うと旦那様は口元をナプキンで拭い、おいしそうにコーヒーを飲んだ。 「はい……?」 自分の準備―――? 旦那様の言葉を頭の中で何度も繰り返すが、一体何のことを言っているのか全くわからない。 「あの、つかぬ事をお伺いしますが……」 「何だ?」 答えのでないことに戸惑いつつ、いつも通りの笑顔を旦那様に向ける。 するとその言葉に、旦那様はコーヒー片手にこちらを見た。 「自分の準備と言われましても、何のことかわからないのですが……」 「わからないって……お前、まだ制服にすら着替えてないじゃないか。」 いや、どう見ても執事の制服を着ているのだが――― 訝しげに眉を潜める俺に気付いていないのか、旦那様は早く行けというように手を振っている。 「早くしないと、お前も学校に遅れてしまうぞ?」 「…………」 にこやかに意味不明なことを言い放った旦那様に、俺は言葉もなく立ち尽くしていた。 .
/990ページ

最初のコメントを投稿しよう!