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何か用事を思い出したのだろうか―――少々不思議そうな顔を浮かべ、いつものようにまた一礼してから旦那様の近くまで戻った。
「どうかされましたか、旦那様。」
「車は他の者に頼みなさい。
お前も自分の準備をしなくてはならないだろうからな。」
そう言うと旦那様は口元をナプキンで拭い、おいしそうにコーヒーを飲んだ。
「はい……?」
自分の準備―――?
旦那様の言葉を頭の中で何度も繰り返すが、一体何のことを言っているのか全くわからない。
「あの、つかぬ事をお伺いしますが……」
「何だ?」
答えのでないことに戸惑いつつ、いつも通りの笑顔を旦那様に向ける。
するとその言葉に、旦那様はコーヒー片手にこちらを見た。
「自分の準備と言われましても、何のことかわからないのですが……」
「わからないって……お前、まだ制服にすら着替えてないじゃないか。」
いや、どう見ても執事の制服を着ているのだが―――
訝しげに眉を潜める俺に気付いていないのか、旦那様は早く行けというように手を振っている。
「早くしないと、お前も学校に遅れてしまうぞ?」
「…………」
にこやかに意味不明なことを言い放った旦那様に、俺は言葉もなく立ち尽くしていた。
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