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翌日、東尾は家主‐杭州の役人の元へ赴いた。
意外にもアッサリと返金に応じたうえ、帰国に必要な船まで手配してくれるとのことだった。
「…というわけで、壊れた箇所の修理は必要だが、カラクリはそのままでいいそうだ。
もう金ももらってきている」
役人の言い分を説明し終えた東尾は金を松野に渡した。
「そりゃそうだろ。
ここであげた利益の一部をあいつに渡してやってたんだから、これくらいはしてもらわねえとな」
鼻高々に言いながら松野は金を受け取った。
「確かに。
それ以外に定期的に貢ぎ物もしていたから、この対応は当然と言えば当然かもしれん。
…まぁ、あちらさんの損得もこっちの損得も同じくらいかな、多分」
東尾はうなずきながら書類の整理をしている。
「船はいつに用意できるって?」
「とりあえず、ここの修理も含めて退去の準備には半月かかるって言っておいたから、そのつもりで」
整理の手を止めず東尾は松野の問いに答えた。
それから半月後、彼らは杭州から退去した。
「一度、本土で地盤を整えよう。
斬鬼たちが来なかったにしても、本土に不安を残したままではダメだったと思うぞ」
船上から名残惜しそうに杭州を見つめる松野に東尾は声をかけた。
「いつ本部が襲われるかわからないから、あっちには大部分の兵士を残して、杭州には手勢しか連れて来なかったんだよな。
本部に帰れなくなって杭州で孤立するわけにもいかないし」
東尾は付け足すが松野はそれでも黙っている。
「松野のツテをもとに杭州の役人の保護下で楚進出を図るという考え…良かったと思うんだが」
「もういい、それ以上は言うな」
東尾のフォローをさえぎって松野は肩を落とした。
杭州の有力な役人に松野の知り合いがいて、松野は彼との連携をもとに楚で力を伸ばすつもりだった。
しかし、楚での地盤を固める前に斬鬼と蔡権という不安要素の登場により断念せざるを得なくなった。
もともと松野の発案で開始された事業なので、彼の面目は丸つぶれである。
それは本人も自覚しており、意気消沈したまま本土‐ヤマトへと帰ることになる。
勢力拡大について日本ではなく、外国へ目を向けなくてはならない理由が彼らにはあった。
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