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「しっかし、あっちぃな。
早く終わんないかな、開会式」
「無理だよ、まだ理事長先生の話も、学園長の話も始まってすらいないんだよ」
「でも、こうジャングルみたいに密集した人間の熱気ってさ、じとじとしてる感じがして気持ち悪いんだよな。
運動してるときの暑さは気持ちいいのに、二酸化炭素のせいかなぁ」
お兄ちゃんはネクタイを緩め、ぱたぱたと胸元に指を突っ込み空気を入れるように開閉した。
熱気にやられた犬みたいに、軽く舌を出し、だるそうに息を吐(つ)き、胡坐をかいた脚の上に頬杖をついて顎を乗せた。
完璧にやる気のない顔、だ。
窓や戸を全て開け放っている体育館でも、これだけの人数が集まっていれば文句無く暑い。
でもきっと原因はそれだけでなく。
ちらり、と喋っている虎狼の傍らに立つ美少女を見る。
学園のアイドルと言っても過言ではない生徒会長の虎狼と、梓曰く、才媛(さいえん)と有名らしい副会長への沢山の生徒の熱い視線が体感温度を大分高めているような気がした。
並ぶ2人は知的な美男美女でとてもお似合い、といった雰囲気を醸し出していて、
本当は虎狼の隣はあたしの場所なのに
と思うと少しだけ胸がちくりと痛んだ。
「虎太朗にさ、2学期の開会式は話の長い学園長を中等部にでもやって、お前は短い話にしろって言っておいたんだけどさ、おれのお願い聞いてくれると思う?」
虎狼のお爺さん、この学校の理事長にそんな生意気な口が利ける生徒は、きっとこの隣に座る礼儀知らずだけに違いない。
何でもお兄ちゃんは虎狼のお爺さんの釣りの師匠らしく、小学校の時分からの知り合いらしいのだ。
付き合いはもうかれこれ7年になるという話を聞いたときは、心底驚いたっけ。
あたしも虎狼も。
既に我が儘な孫と子煩悩なお爺さんという構図が知らない間に出来上がっていたのだから、虎狼の驚きの方がずっと大きかっただろうな。
虎狼、おじいちゃんっこだしね。
そんなことを考えながらぼーっと進行を聞いていると、理事長がステージの壇上に登った。
演壇に立った理事長してのお爺さんには、好々爺のイメージなど微塵もない。
学校での彼の印象は『厳格』そのものだったからだ。
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