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「まことに情けない!」
ドン、と演台を理事長は叩いた。
どこかのんびりしていた体育館内の空気が、一瞬にして凍りついたかのように時を止めた。
怒気を孕んだ第一声は、そのままの語調で続けられる。
優しいお爺さんしか見たことがないあたしは、その怒鳴り声に驚いて、しばらくお父さんが長年愛用していたポンコツのパソコンのようにフリーズして思考が働かなくなってしまった。
「へぇ、そんな事件があったんだ。
そりゃあ、虎太朗も新学期早々怒るよなぁ」
お兄ちゃんが腕を組んでお爺さんを眺める。
その聞き慣れた声で正気に戻り、何て言ったのか訊ねると思い切り呆れ果てた脱力しきった顔を向けられた。
「お前、何にも聞いてなかったの?」
「うん、怒鳴り声に固まってた」
「――父さんのパソコンじゃないんだから」
流石双子の兄妹。喩えが一緒だ!
ちょっと嬉しくなって兄を見上げると、心底軽蔑の視線があたしを刺す。
「何いきなりキラキラしだしてんの?
虎太朗が怒ってる話はお前が喜ぶような内容じゃないんだぞ?」
「そうじゃなくて!
お兄ちゃんの言ったお父さんのパソコンのこと、ついさっき考えてたから、流石一緒に暮らしてただけあるなって嬉しくなったの」
「へ?
おれはそんなこと言われても全く嬉しいとか感じないし」
にべもない態度でそう言い切られ、口を尖らせる。
その突き出してしまったあたしの唇を、お兄ちゃんは摘んで捻った。
「そのあひる口は不細工がより不細工になるからやめろって何回言えば分かるんだ。
いい加減学習しろ!」
「ほふぇんなはい(ごめんなさい)」
時たま礼儀というか、悪癖に煩くなる兄に素直に謝ると、あたしから手を離してくれた。
そしてやっとさっきのあたしの質問の答えをくれる。
「虎太朗は今、3人の生徒を退学にしたって言ったんだよ」
「退学?」
それは確かに穏やかな話ではない。
原因は何だったんだろ?
「何でも7月中に女子生徒を襲ったっつう事件があったんだと。
んで調べたら口止めされてた被害を蒙(こうむ)った生徒が何人かいることが判明して、それを隠していた学園長もしばらく学校には出てこないらしい。
夏休み前、何だか忙しそうにしてたのはそういうことだったのか。
知らなかったなぁ」
お兄ちゃんは最後の一言は独白のように呟きながら、小さく頷いていた。
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