98人が本棚に入れています
本棚に追加
/21ページ
一
さわやかな風に桜の花びらが舞っていた。
「春だなぁ……」
青く晴れ上がった空を見上げながら、朝倉純一はつぶやいた。
「春ですねぇ」
白河ことりが、純一に相槌を打つ。
当たり前のようで当たり前でないやりとり……。
ふたりが住む初音島は“枯れない桜の島”として有名だ。いや、有名だった。
蝉が生命を謳歌する夏も、木枯らしが吹く秋も、粉雪舞う冬も……。変わらず、満開の花を咲かせ続ける初音島の桜。永遠とも思える春景色。それが永遠のものではなかったと島の人々が知って、一年になる。
ようやくめぐってきた桜本来の季節。草木や虫たちにとっては、生命が芽吹く季節。学生や社会人にとっては新たな旅立ちの季節。
桜公園は、その名のとおり、満開の春景色だった。
公園の奥にある巨大な古木……
“枯れない桜”と言われたすべての根源ともいえる桜の木を除けば、すべての桜が満開なのだろう。空気さえ、ピンクの色がついているようだ。
花びらと木洩れ日を地面に降らす一本の桜の下で、純一はことりの膝枕に頭を預けていた。ゆったりと流れるふたりきりの時間である。
「ふわぁ……気持ちいいなぁ」
「ウフフ……もう四回目ですよ。同じこと言うの」
目を閉じた純一を見て、ことりはクスクスと笑った。それでいて、ちゃんと純一の頭がバランスのいいように膝の位置をかすかに直すあたりに、彼女の優しさが出ている。
「なぁ……この公園で一日中昼寝っていうのはどうだ?」
目をつむったまま、純一が訪ねる。
「え……?そ、それはちょっと……」
さすがに、ことりもその提案にはぎこちなく笑みを浮かべるしかなかった。
純一が目を開け、仰向けにことりを見る。
「どっか行きたいところ、あるのか?」
「せっかくの春休みだし……たとえば、さくらパークとか」
さくらパークというのは初音島唯一といっていい総合アミューズメント施設で、いわば恋人たちのデートスポットの定番中の定番となっている
「実はその……こういうものがあるんです」
ことりはポケットからチケットのようなものを取り出した。
最初のコメントを投稿しよう!