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「君の瞳を食べたい」  孝哉はナツのこめかみから頬にかけてを愛おしげに撫でた。 「孝哉さんを見るための目が無くなってしまいますわ」  ナツは躊躇いがちに言う。はっきりとした拒絶ではない。既に片目は蛆やら膿やらに眼孔を奪われている。 「嫌かい?」 「いえ、孝哉さんがなさることなら……。」  ナツが微笑んだように見えた。  早速孝哉は目の前にナツを正座させた。眼球の脇から、目玉を割らないように注意してえぐり出す。しかし、存外目玉は丈夫で形を起用に変えながら、割れることなく、孝哉のひとさし指はなんとか目玉の裏側にたどり着いた。捻りながら引っ張り出すと、ぽろりと目玉が眼孔からこぼれ落ちた。視神経が引っ付いている。孝哉はそれを噛みちぎった。痛みを感じないのか、ナツは僅かに体を強ばらせるのみで、痛がる様子を見せなかった。  ナツは視覚を失った。全てが暗闇に落ちると思いきや、ナツは孝哉の顔を寸分違うことなく脳裏に描いていた。記憶が幻を見せるのだ。  孝哉の幻像は見えても、姿の見えないことに不安になったナツは、手を伸ばして孝哉の衣服のどこだかを摘んだ。孝哉はすかさずその手を取って、引き寄せ、自分の膝の上に座らせた。 「君は愚かだ。最低の女だ。君のような者は親でさえ抱こうとは思うまい」 「ああ、孝哉さんが抱いてくださいますわ」  孝哉は口にナツの眼球を含んだ。予想以上の弾力があり、興奮した。舌を上手く使って奥歯で割る。ゼリー状の何かが口の中に弾けた。少し手のひらに落とし、眺めてみる。無色透明のそれは硝子体と呼ばれるものらしいが詳しいことは孝哉にはわからぬ。 「口を開いて、ほら、舐めてごらん。これが君の眼球に詰まっていたのだ」  孝哉がその手をナツの口元にくっつけてやると、ナツは犬のように舌をいっぱいに伸ばし、それを舐めた。口の中から蛆が数匹落ちた。 「はぁっ……」  色めいてナツが鳴いた。恍惚としているようだった。硝子体が無くなってもナツは孝哉の手のひらを舐め続けた。  孝哉もナツのばらばらになった眼球をよく咀嚼して飲み込んだ。たちまち黄泉の住人となった。  ナツの空っぽの眼孔から膿がたくさん流れ落ちて、涙のようだった。喜びの涙なのか悲しみの涙なのか呵責の涙なのか孝哉にはわからなかった。  二人の下には踏みつぶされた、いっぱいの書き損じ原稿が広がっていた。image=319719490.jpg
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