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孝哉はナツが愛おしくて仕方がなかった。だが、何も人は見た目などではなく心が重要だからだというわけではない。むしろその逆である。こんなにも醜く、見た者の目を腐らせてしまいそうな外見だからこそ一層愛おしく感じるのだ。
あんなにも可愛らしく美しくあった外見が、こんなにも汚らしく崩れていては誰も『これ』を抱くものか。
ナツが最も輝いていた姿を孝哉は知っている。そのナツが強く自分を求めているのも考えてみればよくわかった。
黄泉とやらが本当にあるならば、ええい、目の前に地獄があるのだ、実話に違いない、死者が生者を黄泉に留める手だてに黄泉の食物を食らわせるというものがある。ナツがやたらに孝哉に食事を勧めたのも頷けた。
そしてそれを元の姿に化けて行ったのが、ますますいじらしい。愛している、愛しているという顔をしながら毒を食らわせ殺すようなものだ。それは相手を思ってというよりは自分を思って行う面が間違いなく強く、ナツは自分のために伴侶を殺しにかかったといえる。
孝哉はそんなナツを思って狂おしいほどに愛しさがこみ上げる。夫を殺そうとする女なぞ、そうそうといまい。そしてそんな女を愛する男もいまい。
孝哉にはナツを愛することが、あたかも天命にさえ感じられた。
「孝哉さん……」
ナツが切なげに呟いた。彼女も自ずから孝哉の背に手を回し、強く抱きしめる。ぐちゃりと水の跳ねるような音がして、孝哉の背が冷やされる。
孝哉は少し身をよじって僅かにナツと隙間を作ると、彼女に微笑みかけた。
「黄泉の何かを食べねばならないね」
ナツは慌てて立ち上がる。
「ああっ、ごめんなさい。すぐに用意いたします――きゃっ」
腐って赤黒くなっているナツの右腕を掴み、彼女を引き寄せた。勢い余ってそのまま倒れ込んでしまう。ナツの右腕の肉がこそげ落ちて、骨が露わになった。その肉片は孝哉の手のひらで強く粘着質な音を立てている。死肉とはどうやら粘っこいらしいと知った。
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