2/7
前へ
/11ページ
次へ
 そうして文章の六割も書けたのを見計らってナツが声をかけた。 「孝哉さん、もうお昼ですわ。朝食もとらないでいて、これでは体に毒です。おむすびを用意しますので片手間にでもお上がりなさいな」  心配げなナツの言葉に孝哉は興奮したように振り返り、すぐそこで正座をしているナツの肩を掴む。 「ナツよ。君の髪は烏の濡れ羽色というに相応しく、顔立ちもとてもよい。そして気遣いも器量もよい。いや、なに、私はなにもナツの髪に惚れたわけじゃない。そうではないが、君の髪はこの上なく魅力的なのだ。どうだ、それだけ艶やかな髪を持ちながら、君は髪飾りのひとつもしないし、流行りの電髪屋に行きもしない。かといって手入れをしないわけじゃない。野暮ったく髪をただ垂れ流している様でいて、滝のように綺麗に落ちている。手櫛なんぞでは引っかかりはしない。そして私は君がそうしている理由を知っている。世に沢山の『オンナ』が出てきた。『あれ』はどうしたってお洒落とやらを履き違えていてよろしくない。化粧やお洒落は化けるのではなく引き立てるものであって、必要以上のそれは醜いものでしかない。そして君はそのお洒落を最低限に行っているだけなのだ。  それにしたってどうだ。そんな君を嫁に迎えてから私の売れようと来たら、こうして食うに困ることもない。ありがたい話だ。君は私の女神なのだ。  私は今その思いをありったけ文章にするのだ。私はこれをすぐにでも出版社に持ち込み、早く世に出したいのだ。わかってくれるね。  だから、昼食をとる暇はないのだ」  そう言って孝哉はまた文机に向かい、作業を再開した。  ナツはおむすびを乗せた盆を抱えたまま、孝哉の背をただやるせなさそうに眺めていた。image=319720057.jpg
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加