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 文章を書き上げて急いで孝哉はそれを出版社に持ち込もうと立ち上がったが、足が痺れて動けなかった。窓の外は夕方らしかった。これではどうも出版社も閉まっているだろうさ、持ち込みは明日になるなと満足げに嘆息する。  ナツが顔を覗かせ、「おむすびの用意がございますが」と言った。 「いいや、夕飯まで時間もないし遠慮するよ。吐き出すものも全て吐き出したし腹をたっぷり空かせて夕飯に臨みたい」  ナツは寂しそうな表情をした。孝哉はそれを見て、悪戯坊主のようににやけるとナツに抱きついた。 「ナツは本当にどんな顔をしても映えるな」 「やめてくださいまし。まだ日の光もございますのに、あ、やっ」  身をよじるのに構わず孝哉はナツの首筋に舌を這わせた。溜まらずナツはのけぞった。 「お、お夕飯の支度をいたしますのでっ。それまで決して台所に来ないでくださいね」  耳まで真っ赤にしながらナツは台所へと姿を消した。しかしすぐに、顔だけ居間に覗かせながら、「お夕飯のあとのお楽しみです」と舌を出して言った。  孝哉は居間に寝転がって、夕食を待ったが、さして眠くはなく、暇を持て余すばかりだ。台所からは包丁がまな板とぶつかる音が聞こえたり、煮物の匂いが漂ってきたりと食欲をそそってならない。  台所に立つ女は主菜の下拵えをしつつ鍋を火にかけたり、飯を炊いたり、味噌汁をしかけたりと八面六臂の活躍をする。  不意に、それを文章にしても面白いのではないかなと思いつき、孝哉は音もなく立ち上がり、台所に忍び寄った。 「孝哉さん?」  どうして気付けたのか、ナツは孝哉のそれを見透かしたように尋ねた。包丁の音が止まっている。孝哉は無言のまま、踏み込んだらどのようにちょっかいを出してやろうかと企むばかりだ。 「お願いです。決して覗かないでくださいまし」 「おいおい、昔話の鶴であるまいし」 「男子厨房に入るべからずと申します」 「ああ、だから見るだけだ」  毛頭見るだけに止まるつもりはなかったがそう言った。
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