第一章 「透けて視える男」

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いやいやいや。ないない。 人間が宙に浮くなんて言っていいのは、ネバーランドに旅立てる年頃までだ。 二十代も折り返しを迎えた俺が言っていいことじゃない。 なにより俺のケツはしっかりと椅子の感触を掴(ツカ)んでるんだ。断じて浮いてなどいない。 それじゃあ、どういうことだ?何であるはずのもんが見えない… ヤバい。パニクってきた… 何が何だかわからない俺は、思わず目を瞑(ツム)った。 そして自分を納得というか安心させる為に、この状況に至った経緯を思い出そうとする。 そうだ。ここは有名な眼科医員で、俺は長年俺を煩(ワズラ)わせてきた近視を克服する為、レーシック手術を受けたんだった。 そして手術は無事成功し、一通りの検査を終えて、つい今し方目を覆う包帯を取った。 それからだ。 俺の目が変なものばかり捉え始めたのは。 下着姿のナースに見えない椅子。 まるで、夢か幻覚を見ているようだ。 幻覚ってことはあれか?一時的な術後の後遺症ってやつか? 幾分落ち着きを取り戻してきた俺は、そっと目を開いた。 すると、今まで殺風景だと思っていた室内が、実は様々な医療器具に満ちていたということに気がつく。 つまり、おかしかった俺の目が治ったということだ。 もちろん、この座り心地の悪い椅子も見えている。 「ふぅー。何だったんだ、一体…」 悪い夢から醒めたような気分でため息をつく俺。 そこへ、 「佐久間さん。どうですか?ご容態のほうは?」 と言って、丸渕眼鏡で顔のテカテカした俺の担当医が入室してくる。 その後ろには、さっきのナースが惜しいことにきちんとナース服を身に纏(マト)って控えていた。 「ああ、さっきまで少し妙な見え方をしてたが、今は大丈夫だ。」 俺は少し変化球気味の本心を医者に投げつけた。 医者はそれを聞きながらカルテに何事か書き込み、「うんうん」と頷(ウナズ)いたりしている。 そして顔の前で人差し指を立て、 「何本に見えますか?」 などと一通りの問診を始めた。 俺はそれに一応ちゃんと答える。 だが冷静になってきた俺の頭の中には、さっきまでの不可解な現象でいっぱいだった。 「まあ、手術の影響で一時的に焦点が合わなくなるという例もありますが、今診た限りでは大丈夫でしょう。」 脂の浮いた顔に笑顔を浮かべて、医者は「異常なし」という保証をくれた。
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