第一章 「透けて視える男」

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そんなこんなで、透視に目覚めて三日目。 俺は六畳一間のボロアパートを上機嫌で飛び出した。 まだ初春だというのに、今日はいやに生暖かい。 そんな季節を先取った陽気の中、俺は通い慣れた通学路を歩いて行く。 大学四年ともなれば、毎日学校に通うヤツはめったにいない。まだ桜の散らぬこの時期から、就活戦線に大忙しだからだ。 だけど週に一度のゼミぐらいには顔を出す連中も多く、かく言う俺もそんな連中の一人だった。 そして今日は春休み明け初のゼミの日。久しぶりに見知った連中に会いに来たって訳だ。 「よう、佐久間。お前、眼鏡やめたのか?」 「なんだ、佐久間。今さらコンタクトデビューかよ。」 有象無象のゼミ仲間達が、こぞって異口同音の質問を浴びせてくる。 それに俺は、「レーシックだよ。」と、なるべくクールに落ち着き払って答えた。 うん。今の俺、間違いなく決まってるな。 「うおー、レーシックかよ?」 「え?レーシックって何?」 「なんだ、知らねえのかよ?」 十把一絡げ共の無意味なやり取りを背中でいなして、俺は目的の人物へとさりげなく、そう、あくまでもさりげなく近づいて行く。 その人物は女友達と窓辺の席に座って、なにやら深刻そうな顔で話し込んでいた。 「おはよう、吉川さん。」 俺は爽やかさをアピールすべく、念入りに整えた長めの前髪をかきあげつつ、程よいトーンで話かける。 「げっ。クマゴロー!」 「げっ」ってなんだよ。「げっ」って。 誤解のないように言っておくが、今俺に向かって意味不明な雑音を吐いた女が吉川さんでは断じて無い。 こいつは何故か吉川さんの友人である小早川沙智(こばやかわさち)。 清楚で可憐な吉川彩愛(よしかわあやめ)さんにつきまとう、何の価値も無い雑魚のようなヤツだ。 吉川さんはおっとりとした天然系の癒し系美人。ミスキャンパスにも選ばれたほどの、正直俺なんかがどうこう出来そうも無い高嶺の花だ。 一方の小早川は、そのあどけないルックスとさばけた性格がある筋では大好評らしいが、ロリコン属性を持ち合わせていない俺にとってはただのガキンチョに過ぎない。 要するに月とスッポン、美女と野獣。 いや、露骨に俺へ敵意を向ける分、野獣よりたちが悪いかもしれない。 ただ挨拶しただけであの言われようだからな。 だいいち、お前に話しかけたんじゃねぇよ。
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