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私は崎谷の目の前に、ニュッと右手を突きだした。
掌の紙切れを見せる。
「どーいうつもりですか」
言った私に、崎谷はまたホッとしたような笑顔を見せた。
「よかった」
笑うと口元に優しいシワができて、はかないイメージがずいぶんと現実に近づく。
「今日声かけてもらえへんかったら、ダメかなぁ思おてました」
「・・・はぁ」
関西のイントネーションが、驚くほどにぴったりだった。
ニコニコと笑う崎谷を、私はぼんやりと見上げていた。
「俺は、崎谷燎いいます。N芸大の彫刻科の二回生です」
「はぁ・・。」
芸大、納得。
なんだか匂いがフツーじゃぁなぃんだぁ
人と違った空気を吸って、人と違った空を見ている。そんな透き通った匂いがする。
「お名前は」
「坂口惠。中学三年」
あっさり答えて、私はもう一度、崎谷を見上げた。
「で、崎谷さん。いったぃ・・。」
「俺と、お付き合いしてもらえませんか?」
崎谷の言葉に、私は黙り込んだ。
答えずに、眉をちょっと上げる。
二年前の、桜🌸の季節。
永い恋の始まった瞬間だった。
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