一章

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私は崎谷の目の前に、ニュッと右手を突きだした。 掌の紙切れを見せる。 「どーいうつもりですか」 言った私に、崎谷はまたホッとしたような笑顔を見せた。 「よかった」 笑うと口元に優しいシワができて、はかないイメージがずいぶんと現実に近づく。 「今日声かけてもらえへんかったら、ダメかなぁ思おてました」 「・・・はぁ」 関西のイントネーションが、驚くほどにぴったりだった。 ニコニコと笑う崎谷を、私はぼんやりと見上げていた。 「俺は、崎谷燎いいます。N芸大の彫刻科の二回生です」 「はぁ・・。」 芸大、納得。 なんだか匂いがフツーじゃぁなぃんだぁ 人と違った空気を吸って、人と違った空を見ている。そんな透き通った匂いがする。 「お名前は」 「坂口惠。中学三年」 あっさり答えて、私はもう一度、崎谷を見上げた。 「で、崎谷さん。いったぃ・・。」 「俺と、お付き合いしてもらえませんか?」 崎谷の言葉に、私は黙り込んだ。 答えずに、眉をちょっと上げる。 二年前の、桜🌸の季節。 永い恋の始まった瞬間だった。
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