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「何を信じるか信じないかは、自分で選択するしかないんだよ。
馨は少しずつでいいから、前を思い出したほうがいい。
思い出さなくてもいいなんてふざけた話があるか。」
隆司の目は真剣そのものだった。
「あ、すまん。熱くなっちまった。」
「いや、ありがとう。」
隆司の真剣な眼差しは、目を覚ましてから何もわからなかった馨にとって一番ありがたかった。
「さぁて、そろそろ連中が戻ってくるはずだ。
彼女との約束もあるし、俺もう行くわ。
本、枕の下にでも入れとけ。森崎たちに見られると記憶が戻ってから困るかもしれん。」
隆司は本を無理矢理馨が寝ている枕の下に突っ込んだ。
「あ、隆。」
「ん?」
「また来てくれるか?」
「おう。お前はもう寝とけ。今夜篠崎がくるんだろ?」
「え?!どうして…?」
「お前の主治医の原田は俺の伯父だ。
お前にとってはどっちかわからんが、あの医者は俺と篠崎にとったら味方だ。」
「…もう一つ聞いてもいいか?」
「なんだ?」
「僕は本当に森崎鈴花と恋人同士だったのか?」
「残念ながら違うよ。ある意味もっと最悪だ。」
「え…?」
「婚約者だとよ。」
そう言い捨てて隆司は出ていった。
頭をガーンと殴られたような衝撃だった。
馨は考えた。
自分はいったい隆司にどんな答えを期待したのだろう。
そしてますます記憶をなくす以前の自分がわからなくなっていた。
鈴花のキスは、思い出すだけでも気持ちが悪く、何度も袖で唇をぬぐった程だ。
とにかく、面会時間が終わるまで眠る事にしよう。馨は今夜の事だけを考えた。
馨はまどろみの中、夢を見た。
いつもの夢とは違った。
聖は制服を着ていた。
ブラウスに臙脂(えんじ)色のリボン。
グレーのニットのベストに紺色のプリーツのスカート。
紺色のハイソックス。
馨も制服を着ていた。
ワイシャツに紺色のニットのベスト。
黒いスラックス。
隣には隆司。
馨は聖ばかりを目で追っていた。
そこは廊下のような場所で、反対側から聖が歩いてくる。
ふと、目が合う。
馨も、聖も目をそらす。
お互い顔も合わさずにすれ違う。
後には胸の痛みだけが残った。
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