373人が本棚に入れています
本棚に追加
「馨君、馨君。」
誰かが揺さ振る。
隆司の伯父である、主治医の原田だった。
「面会時間、終わったよ。」
「あ、ありがとうございます…。」
馨はゆっくり起き上がる。
今の夢は、明らかにいつもと違った。抽象的な物ではなく、なんともリアリティに溢れる夢だった。
もしかしたら記憶の断片なのかもしれないが、あれで何かわかるわけではない。
馨にとって、聖を想うと胸が痛いのは今も同じだからだ。
馨は、花瓶の何だか種類のよくわからない花を見ている原田に話し掛ける。
「先生は…どうしてそんなに良くしてくれるんですか?」
原田はゆっくり振り替える。
「僕は患者さんの立場を重視しすぎてしまう癖があるようでね。
甥っこの親友だから特別扱いしてるわけじゃなくて、ただ普通の患者さんより近い間柄だから、君の立場がよくわかるから、それに沿った行動をしているだけだよ。」
原田は朗らかな表情で淡々と語る。
「それにね、君の記憶障害は心因性によるものなんじゃないかと思ってね。
聖ちゃんに会わせれば、いい方向に向かうんじゃないかと思って隆に協力したんだよ。」
「…隆に?」
「あぁ。聖ちゃんをここへ連れてこようと言ったのは隆だよ。」
―あぁ、だから隆は今夜聖が来る事を知っていたのか…。
「でもわからない。
何故わざわざ夜中にしか来れないんでしょうか…。」
「それは、これから少しずつ思い出したり、理解していけばいい。
今知るべきではない。
とりあえず今は、聖ちゃんの存在はお母さんやフィアンセには隠しておく事だな。」
「フィアンセ…反吐が出そうだ。」
思わず口から出てしまった言葉だ。
「そう、そんな感じで君は自分の気持ちに正直でいなさい。」
原田は優しく諭すように言った。
それから夕飯の時間が近くなったため、原田は出ていった。
目覚めた日よりも食が進むようになっていた。
それでも眠っている間、点滴で栄養を摂取していた体は食物をまだ受け付けず、半分くらいしか食べれなかった。
食後は隆司が置いていった本を読むことにした。
そんなに厚みのない文庫本で、内容は数名の新人作家による「秋」や「恋愛」を題材としたショートショートだった。
中でも一際ページがよれよれになっていた箇所があった。
.
最初のコメントを投稿しよう!