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きっと隆司はこの部分ばかり読んでいたのだろう。
それは「金木犀の想い」という話だった。
金木犀…聖を連想させられるあの甘い匂いも金木犀。
馨はそのタイトルに引き付けられ、その部分を読み始めた。
内容は主人公の「僕」が、金木犀に宿る精霊に恋してしまうというもの。
彼女と共に生きたいと強く願っていても、彼は現実社会での生活を捨てるわけにもいかなかった。
「僕」が恋に落ち行く心理描写がとても丁寧で、リアリティがあった。
金木犀の精霊が登場する所は詩を織り交ぜながら、とても幻想的に表現されていた。
馨には、なんとなく彼の胸の痛みが理解できた。
最終的に、住む世界も違えば、永遠に生きる彼女と限りある命を生きる「僕」では生きる時も違う事から二人は離れてしまう。
それでも彼は、ほんの少しの間だけ共に過ごした思い出を宝物にして現実社会で生きていくという結末だ。
気が付くと馨は、何回も何回も繰り返し読んでいて、すでに深夜近い時間になっていた。
パーテーションを越えて人が入ってきた。
「こんな暗がりで本読んでたら目ー悪くなっちゃうわ。」
聖だった。今日は黒いミニワンピースに膝下くらいまでのレギンスにふんわりと白いカーディガンを羽織っていた。
「聖!」
聖はベッド脇の椅子に腰かけた。
ふと、馨の持つ本に目をやる。
「あら、その本読んでるのね。」
「あぁ、『金木犀の想い』って所だけな。」
「私もそこが一番好き。最後に金木犀の精霊が風のように消えてしまう所とか…泣けちゃったわ。」
馨は、嬉しそうに語る聖の表情を見ていた。
聖はそんな馨と目が合った。
「…馨?」
「聖は僕にとっての…金木犀の精霊…?」
そう言って馨は聖の手を握った。
聖の体が小さく痙攣した。
「え?やだ、何言って…。」
聖はぱっと手を離した。
「私はそんな綺麗な存在じゃないよ…。君には彼女もいるし、私は…私達は友達よ。」
「友達…隆みたいな?」
「そう…だって、友達なら君とずっと一緒にいられるわ。」
この時、馨はまだ本当の意味をわかっていなかった。
聖の言った事。
「金木犀の想い」がどうしてこんなに馨自身を切なくさせるかも。
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