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息が落ち着きかけた時、思わぬ方向から声がした。
「ふーん。優等生の聖ちゃんでもそんな事思うんだ。」
原田隆治だ。
「俺でよかったら聞いてあげるよ?」
「あんたに聞いてもらうような愚痴はないわ。」
頭を冷やしに来たのに、余計に熱くなってしまった。
もう家に帰ろう。
「ちょっと待ちなよ!聖ちゃん。」
原田に肩を捕まれた。
それを手で振り払った。
「そんな大勢の女に触ったような手で触らないでくれる?
それに気安く名前で呼ばないで。
知り合いでもなんでもないのに。」
そう言い残して勢いよく帰ってきた。
しばらくベッドに横になっていたら、冷静になってきた。
とにかく、秋野さんに電話でもしてみるか。
クラス名簿を見て、番号を調べて、気の進まない手つきでダイヤルを押した。
―お母さんらしい人が出て、愛想よく本人に取り次いでくれた。
「…はい。」
「あ、私篠崎だけど…。」
「学校になら、行かないわ。」
「…いや、行く行かないは秋野さんの自由だと思うわ。
どうして行けなくなっちゃったのか教えてもらえないかなって。」
「…中里先生に頼まれたの?」
「うん。でもあなたが先生に知られたくなければ言うつもりはないわ。
だから話だけでもって。」
「話なんて…。」
「うん、聞いても力になれるかわかんないし、力になるなんて約束もできないけれど。」
「……それじゃあ明日の放課後、私の家に来てくれる?」
「わかったわ。」
翌日の放課後、中里に秋野さんの家の場所を聞いた。
学校から割と近いみたいだ。
歩いて10分程だ。
昨夜の電話の主と思われるお母さんが秋野さんの部屋に案内してくれた。
部屋は、カーテンを締め切っていて薄暗かった。
彼女は自分の部屋の隅でうずくまっていた。
まるで何かを恐れているような…。
お母さんはお茶菓子を置いて何も言わずに出て行った。
私は黙って彼女を見ていた。
沈黙が続いた。秋野さんはうずくまったままだ。
とにかく、呼んでくれたからには何か話してくれると信じて待った。
ようやく彼女は沈黙を破った。
「私ね、好きな人がいたの。」
それは学校なんかでの他愛のないおしゃべりのような、自然な口調だった。
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