目覚める少年

6/6
前へ
/212ページ
次へ
ところが馨の内心は少し複雑だった。 「あのさ…。その……」 「なぁに?」 「『椎名君』って呼ぶのやめてくれないか…。」 「え…?じゃあ何て呼べば…。」 「名前がいい。『馨』は僕自身を指す固有名詞みたいだから。」 「じゃあ…か、馨…君。」 「駄目。君付けとかいらないし。もう一回。」 「か、馨…。」 「駄目。ぎこちない。」 「ふふっ。慣れてないのよ。」 聖は困ったような顔で笑った。 馨は聖に名前を呼ばれるのが幸せだった。 この後も聖を少し困らせながら何度も呼ばせた。 「僕、きっと普段と違うだろ?」 「少しね。」 「どう違う?」 「うーん。今の方が自分の気持ちに素直なんじゃないかな。」 「要は我儘って事?」 「そう鋭い所は変わらないね。でも君の場合少し位我儘な方が調度いいかもね。」 床にしゃがんで、話し込み出してどの位時間が経ったのだろうか。 ふと、聖は遠くの空が明け始めている事に気付いた。 「あ、もう帰るわ。馨も眠りなさいよ。」 「あ…。」 馨は立ち上がる聖の手を掴んで引き止めた。 「また、来てくれるかな?」 「………。」 聖は黙ったまま馨と顔を合わせようとしなかった。 馨は直観的に聖はもう来ないつもりでいると感じた。 「頼む…。今の僕には君がすべてなんだ。聖…。」 聖はゆっくり振り返り、哀願する馨の表情を見つめた。 「…わかったわ。明後日来るよ。また今日と同じ時間に来るわ。」 「ほんとに?」 「うん。約束する。その代わり、私に会った事は他人に言わないでね。」 「わかった。」 去りゆく聖に馨は一言投げ掛けた。 「聖。」 「なぁに?」 「以前の君と僕って、どんな関係だったの?」 「…クラスメートよ。それ以上でも以下でもないわ。」 そう言って聖はふわりと去って行った。 .
/212ページ

最初のコメントを投稿しよう!

373人が本棚に入れています
本棚に追加