金木犀の想い。

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その日馨は、ゆっくり寝ていた。 夜、聖が来てくれる事を信じて。 眠っている馨を二人の見舞い客は怪訝な顔つきで伺う。 「鈴花ちゃん…馨の言ってた『聖』って…。」 「あの女ですよ、おばさま。」 「でも馨はどうしてその子の事だけ…。」 「強く恨んでたのかも…しれませんよ。」 「そう…。馨は、よほど恐い目にあわされたのね…。」 「そうです。あの女の事だけは忘れて欲しかったわ。」 「その女は今…?」 「おばさま、しっ。」 病室の戸口に若い男が立っていた。 「あら、原田君。何してるの?入ってきたら?」 鈴花は愛想よく男を招き入れた。 男は佳子の前に立ち、会釈した。 「おばさん、初めまして。原田隆司(りゅうじ)といいます。馨君とはクラスメートです。」 隆司は、これまた鈴花に負けず愛想よくあいさつした。 背が高く、短髪を立たせている。 顔立ちも整ったハンサムな青年だ。 隆司は椅子に腰かけ、眠っている馨を眺めた。 ノックの音がした。主治医が入ってきた。 「ご家族の方にお話がありますのでこちらへ…。」 主治医に促されるままに佳子と鈴花が出ていく。 隆司は一瞬目を見開いた。 「あんたも身内だったのか?」 「フィアンセですもの。」 病室から出る間際、鈴花は隆司に目を合わせようとしたが、隆司はわざと気付かないふりをした。 隆司は馨を眺めていた。 すると突然馨がうなされ始めた。 「う…!」 「馨!どうした!?」 隆司は駆け寄り、馨の肩を揺さ振る。 「聖……聖が…!」 「馨!!」 ようやく馨は目を覚ました。 「大丈夫か?うわごと言ってたぞ。」 「はぁ…はぁ…。僕、何て…?」 「聖、聖言ってたぞ。」 息が落ち着いた馨は隆司をきょとんと眺めた。 .「君は…?」 「あぁ、俺は原田隆司だ。以前はおまえに隆って呼ばれてたよ。無理すんな。しんどかったら横になっとけ。」 「あ、あぁ。」 それから隆司は何も尋ねたりはしなかった。 馨は空を眺めていたし、隆司は本を読んでいた。 今まで来た見舞い客と違い、落ち着いた雰囲気と冷静さを持った隆司に、馨は少なからず安心感を覚えた。 先に口を開いたのは馨だった。 「なぁ…その本おもしろいのか?」 「まぁな。篠崎ちゃんイチオシ。お前は見向きもしなかったけどな。」 「そうなのか…。」 「読みたいなら置いてくよ。俺は何回も見たし。入院生活は退屈だろ?」 「あぁ…。ありがとう。」 .
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