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「まぁ、あんな小うるさい女が側にいたら退屈はないか。」
馨は隆司と目を合わせ、笑った。
「ていうか今の『篠崎』って…聖の事か?」
「そう。聖ちゃん。」
隆司はいたずらっぽく笑った。
「聖を知ってるのか?」
「まぁな。篠崎ちゃん俺らと同じクラスだし。」
「クラスメート…か…。」
また馨は空を見つめた。
「隆に聞いてもらいたい事があるんだ。」
「ん?」
「昨日の事なんだけどさ。」
昨日。昼間また母親・佳子と鈴花がやってきた。
散々二人で騒ぎ立てていた挙げ句佳子が言い出した。
「二人で屋上にでも行ってらっしゃいよ。」
馨は女二人のおしゃべりを聞いていただけでげんなりだった。
「いいよ。めんどくさい。」
そう言ったら余計うるさくなった。
「鈴花ちゃんに向かってなんて事いうのっ!」
「馨ぅ。そんな事言わないで行こうよ~。久々に二人きりになりたいわ。」
あまりにもうるさいので馨は仕方なしに屋上に付き合った。
それでも外の風は気持ち良かった。
風向きによっては金木犀の香りを運んできてくれる。
今度、天気がよかったら一人で来ようと馨は思った。
そう感傷に浸っていたのも束の間。
「ねぇ、馨。前の事、あまり無理して思い出そうとしなくていいのよ。」
鈴花の猫なで声が耳につく。
「昨日は早く思い出せって言ってたじゃん。」
「うん…。でもこれから私達の関係も、もう一度ゼロから始めればいいと思うんだ。
私は馨の事好きだし、馨はまた私の事好きになってくれればいいし。」
馨は疑問だった。いくら記憶をなくしたとはいえ、人格まで極端に変わるのだろうか。
本当にこの女を自分は好きだったのか。
今の自分なら絶対にありえないと。
考え事をしていたら、鈴花が隣にぴったりくっついてきた。
「ね?私を信じて…」
そう言って鈴花は馨にキスをした。
「そういう事があったのか…。」
「記憶を失くす前の僕と、今の僕。そんなに違うのか?」
隆司は鈴花の言動に対するあきれ顔から、真剣な顔に切り替わった。
「確かに前のお前なら森崎鈴花の誘いを断る事はなかったな。
でも心の内はそう変わってないんじゃねーか。
思った事を吐けるようになっただけだ。」
聖にも同じような事を言われた。
「なんだか不思議だな…。隆や聖のことばは、森崎鈴花たちのとは違って聞こえる。」
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