桜散るその下で

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「あなたと居ると不安になる」 「あなたは、私じゃなくてもいいんじゃないかな」  眉を(ひそ)め、どこか哀れむ目で私を見ながら、他の女や男を選ぶ。さも私は傷つかないのだと言いたげに、「あなたは強いから」と呟いて。  自分が女しか愛せないのだと気づいた時、私はまだ中学生だった。  気になる同級生や先輩のスカートから覗く柔らかな脚や、襟元に透ける鎖骨のラインを無意識に見つめる。  目があった瞬間、それを笑って誤魔化さなければならない苦痛と焦燥(しょうそう)。  自分の頭はおかしいのではないかと悩み、医術書や専門書を片っ端から読み(あさ)り、散々考え込んだ挙句、開き直るまで二年かかった。  そして誓った。自分のセクシュアリティーを恥じることなく、アイデンティティーを守れる居場所を築こうと。  その為に強く()ろうと。それが私の生きる指針になった。 「あなたと居ても安らげないの」 「もっと他にいい女がいるよ」  あなたがよかったのよ! だから選んだのに……  身ひとつで一から会社を興し、この国のトップレベルにまで伸し上げた。  醜聞目的に(まと)わりついてくる三流記者を、指先ひとつで容易(たやす)く叩き潰せるだけの力を手に入れても尚、私の居場所は見つからなかった。  蜃気楼のように儚く掴み所のないそれは、触れた(はし)から消えて行く。
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